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January 31, 2005

中尊寺ゆつこさんの訃報でバブルの頃を思い出す

帰る途中の駅で漫画家の中尊寺ゆつこさんの訃報の記事を見つけてちょっとショックを受けた。
最初、急死と言う部分だけが見えていやな予感がしていたのだが・・・。
 別段彼女のファンというわけではないが(むしろ当時は嫌いだった)、バブル時代に青春を送った身として彼女が切り取った時代の空気は今でもありありと思い出すことが出来るのだ。当時はそれが軽薄な感じがしていやがっていたものの、今から振り返ると不思議と懐かしく楽しい事ばかり思い出されるから不思議なものである。
そういえば糸井重里や田中康夫など、バブル前後の享楽的な世相をもり立てた人たちは不思議と、その後エコロジーやスローライフなど自然環境や農業などに関心を移していったが、これも時代の流れなのだろうか。彼女も最近は雑誌ソトコトなどではエコロジカルな事を書いてたっけ。もうちょっと今後の彼女の作品も見てみたかった。

自分の青春時代を象徴する人を亡くすと年を取ったと思うそうだが、まさかこの年でそんな思いにとらわれるとは思わなかった。

ご冥福をお祈りします。

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January 30, 2005

早々と杉花粉に痛めつけられる

今年の杉花粉はなんでも例年の30倍!だそうだ。
毎年、この季節になると痛めつけあれている私としては戦々恐々であるが、ついに2月になる前からのどと鼻をやられてしまった。今朝、起きたときなどはまるで風邪をひいたかと思ったのだが、これも一足早いものの花粉症の症状である。
愚痴ばかり書いてもしょうがないので、同じ境遇の人たちのために長年いろんなものを試してきた人体実験の成果を報告しよう。もちろんこれは個人的なものなので、ここで効くからと言っても人それぞれなのは言うまでもない事を念のため書いておきます。

・市販の鼻炎薬:抗ヒスタミン剤を含むものは確かに効く(完治するわけではないが)。ただし副作用としてのどがからからになる。眠くなるなどがあり、マスクが出来ないがどうしても花粉の多いところに行く必要があるときなどしか使わないようにしている。

・ハーブ:全然効かなかった。

・甜茶:それなりに効く、ただし効果のほどはたいしたことはない。止めてその違いが実感できる程度。あと飲むのを止めるとすぐに効き目が無くなるので毎日頻繁に飲まなくてはいけなく面倒。ただしこの手のお茶の中では一番おいしかった(と言うか他が不味すぎるとも言う)。

・シソ:効きません。鼻がすっとするので気休め程度。

・ヨーグルト・乳酸菌類:いつも食べているが・・・。止めるとよけいひどくなるのか?

・凍頂烏龍茶:いつも飲んでるが・・・。これもあるある等でブームになったが実は「べにふうき」と言う別の種類のお茶しか効かないと言う報告あり。

・シジウム茶:今のところ一番よく効くお茶、ただしとても不味い。なお種類や産地で効く効かないにものすごく差があるので、いろんな種類を調べて効くのを見つける必要があるだろう。

・サプリメント「ケルセチン」:国内未発売なので楽天等で海外から取り寄せる必要あり。よく効くと言う噂だが個人的には期待したほどではなかった。一応いまも飲んでるが。

・漢方薬:試してはいないが市販されている中では小青竜湯が効くらしい。なお本格的に直すには専門店で自分用に調合してもらう必要あり。一度試そうかと思ったがあまりに高いので(一万/月)断念。ただし友人でこれで完全に直したという人を知っている。

それにしても我ながらいろいろやっているものだ。だが未だに直っていないのは困ったものである。

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January 29, 2005

久しぶりにLithmaticに行った

DTPと言う言葉は、今では一般的な言葉になったのだろうか?
そう、コンピューターを使って机の上で商業印刷原稿を作り上げる技術のことである。今では知らない人も多いかも知れないが、当時印刷原稿を作るためには写真や文字をそれぞれ専門の所に発注して、戻ってきたものを台紙に切り張りして、それをさらに印刷原盤用を作るための特殊なカメラで撮影してと言った多くの人手と手間が必要なものだったのだ。
それがたった1台のパソコンで出来るのだから、当時(と言っても高々10年ちょっとくらい前の話だ)は画期的な事だった。新しもの好きの私は当時はの会社では珍しい美術系でありながらコンピューターの事が分かる人材だったので早速こうした仕事を任されたというか押っつけられた訳だが、当時出入りしていたのがこうした出力サービスをいち早く始めたLithmaticと言う会社だった。
前置きが長くなったが、この前久しぶりにLithmaticに用事があったので立ち寄ってみた。一時期はDTPの草分けとして急成長したこの会社も、最近ではDTP自体がありきたりになったのと、他社の参入で厳しいと言う噂を聞いてたのでちょっと心配していたのであるが、何のことはない前よりも立派なショールームになっているのを見て人ごとながらちょっとうれしくなってしまった。

さて久しぶりに利用して驚いたのが、出来るサービスの拡大と低価格化の浸透ぶりである。なんと普通の紙への印刷はおろか、特殊な布やフィルムへのプリント、カッティングシートの作成なども出来るようになり、すでにDTPはおろかサイン(いわゆる看板や町中の道案内図などのインフォメーション周り)までもPCでデーターを持っていけば現物が出来上がるシステムになっていたのである。この分では近いうちにレーザーカッターで好きな形にステンレス版を切り抜いたり、3Dモデルデーターを持ってきてそれに合わせてMCで金属の固まりを削り出したりするサービスを始めるのも時間の問題なのではないだろうか。昔、店舗設計やオフィスのショールームを設計していて、こうしたものを全て個別に発注していたのを知っている身としては、つくづく便利になったものだと思う反面、昔つき合いのあった個々の加工会社が今どうしているか心配でもある。

そう、今は印刷だけでなく店舗やオフィスのサインもまた机の上で出来る時代になっていたのである。
次は何が机の上で完結するようになるのだろうか?

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January 28, 2005

巨大建築への憧れ

shed何の因果か、私がいる場所では必ず大きな工事が行われていて、しかもその工事が終わる頃にはそこを出て行くと言うジンクスがある。
長年住んでいた実家自体がいわゆるニュータウンで小学生の時は何もない、巨大な造成地をススキや葛をかき分けて遊び、雨になると駅から家までの道はどろどろになる中を歩いたものだった。そこも私が成人する頃にはようやく完成して、最後はスーパーやらデパートや映画館までがある大きな街になったころに実家を出て一人暮らしを始めるようになった。
仕事先も同様だった。都心だから工事なんかしてないだろうと思っていると、都市部の再開発が始まり、それを見届ける前に職場が移転したり、会社を辞めたりして去ってしまうのである。

そのジンクスは今でも続いているが、おかげで一つ得をしたことがある。それは写真の被写体に困らないことだ。
元々、建築設計をやっていて建物好きと言うこともあるが、作りかけの建築は出来上がる前よりも遙かに見てて面白いのである。特に巨大建築ともなると圧巻で、日本に数台しかない巨大なクレーンや、特殊建築車両が出入りして驚くほどの早さで建物がくみ上がっていく様は、まるでSF映画の中に出てくる一シーンのようでもある。
だが、いつも不思議に思うのは大人は仕方がないかもしれないが、子供達ですら大して興味なさそうにその脇を通り過ぎていくことだ。巨大建築と言ったら、ロボットや軍事兵器とならんで男の子のあこがれだった時代は終わってしまったのだろうか。
そういえば一家に一台といえるほど車が普及してしまった現在、皮肉にも子供達にとっては車はべつに憧れでも興味の対象でも無くなってしまい、モーターショーでもミニカーでも今やスーパーカーブームの頃子供だった層が中心になっていると言う話を聞いたことがある。建物さえもスクラップビルドを繰り返す都市に住む我々の子供達にとっては巨大建築も工事現場も、ありきたりの日常なのかも知れない。

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January 27, 2005

壮大なサーガを執筆中

実は今回の記事は、一言で要約すると工業製品もお国柄がでるねーと言う話を書くつもりだったのだが、ついつい筆が滑って壮大なサーガになってしまったので、後日に延期することにした。
なにせ、日・米・独・露と言った国のうちまだ日本の分しか出来ていないのだ。おまけに要約すれば一言で済む話が、各国の具体的な例を上げているうちにどんどん記事がふくらんでしまった。エピソードもカメラから戦時中の空母の話まで、話が広がりすぎるし・・・。

実はこの話、某ブログに書いた話や知り合いの娘に話した与太話が一部元になっているのだが、大いに受けて「はじけてますねー」と言う有り難いコメントを頂きました。

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January 25, 2005

ストーブの話2

昨日の石油ストーブの話の中で灯油の補給が面倒だと書いたが、早速身をもって体験する羽目になってしまった。というのもこの前の休日が旅行でつぶれてしまい、石油を買う暇が無かったからだ。前々からやばいとは思っていたので、一番よく使う居間のストーブだけは重点的に石油を入れて置いたので、なんとかなるものの他の部屋はしばらくは寒くて使えないだろう。
とはいえ湯たんぽを使ってはいるものの寝室は暖房は無しだし、廊下やトイレに暖房が無くても暮らせるのだから、寒いとは言ってもたかが知れているレベルの話だ。
これが本当の極寒の地、例えばフィンランドなどになると暖房用燃料の不足や暖房器具の故障は直接死に結びつくので、夜回りの警官の一番重要な仕事は燃料切れや器具が故障している家を見つけたら、玄関をぶち破って中の住人が凍死しないように救助すると言うから大変だ。なんでもその為に、暖房用のボイラーは家の外からも燃料の残りと動作状況が判るようになっていると言うのである。
それにしても人間とはどんな環境でも住めるものだ。

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January 24, 2005

石油ストーブの話

 もう自分のwebなどでは何度も書いた話だが、今住んでいる家の最大の難点は冬の寒さが厳しい事である。まあ、築20年以上の一戸建てなので仕方がない所ではあるが、悪いことに昨年立て続けに来た台風のおかげで雨戸が曲がってしまってただでさえひどい隙間風がさらにひどくなっているのはたまらない。おかげで最近は暖房はすっかり石油ストーブ中心になってしまった。
幸いなことにこうした古い家は、賃貸にありがちな様々な制約が少ないので、暖房も調理も大手を振ってガスや石油が使えるのである。実は一度電気ストーブを使っていた時期もあるのだが、あまりにもブレーカーが落ちるのと(我が家は20A!)電気代の高さに音を上げて、すぐに石油ストーブに切り替えたのだ。
 もちろんストーブはアラジンストーブにしたのは言うまでもない。古い家にこれほどマッチする形のストーブは他には無いからだ。さらに別の部屋の暖房用にももう一台あるのだが、こちらはなんとリサイクルセンターと言うか古道具屋で、1台2千円で買ってきたものである。石油代は平日家にいないせいもあるが、一月千円ちょっとで済むし、コストパフォーマンスは絶大である。

 唯一の問題は石油の補給が面倒だと言うことぐらいだろう。日頃家にいる主婦の方は上手く灯油の移動販売を利用しているようであるが、そんな時間に家にいない私はカートにポリタンクを縛り付け、ガソリンスタンドまで買い出しに行っている。問題なのは忙しい時でいざと言うときにはポリタンクが空になって、途方に暮れることになるのである。

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January 23, 2005

絶好のロケ地を探して

 以前も書いたのだが最近大判写真に凝っている。といっても機材の重さに打ちのめされてせっかく機材を揃えたものの言うほど撮影はしていないのが現状だ。使っているのはSpeedGraphicの最終型SuperGraphicと言うカメラで、昭和30年代ぐらいまではプレスカメラとして新聞社などで大量に使われていたものだから、持ち歩いてスナップも可能なはずなのだが、今の小型軽量なカメラに慣れた身にはとてもじゃないが重くて持ち歩けたものじゃない。つくづく昔の人のスキルと体力に脱帽するばかりである。
 ところで、こうしたばかでかいカメラを使って撮影していると意外な発見があるものである。一つは通りすがりの人が結構話しかけてくれたり撮影に協力してくれること、もう一つは撮影禁止の場所が思った以上に多いことである。

 以前、東京オペラシティを撮りに行ったときのことである。このときには普通の35mmフィルムを使うカメラを持って三脚を使って撮っていたのだが、休日の昼間にも関わらず(ご存じの通り丸の内界隈は平日より休日の方が圧倒的に人の量が少ない)同じようにカメラと三脚を持ってうろうろしている人を他に何人も見ることができた。私が撮影している間だけでこうなのだからきっと1日を通してみると少なくとも10人近くは来ているのではないだろうか。他の人が撮影の邪魔なのはお互い様として、困るのはこうした人たちの中に必ずいるマナーの悪い人たちのおかげで警備がやけに厳しくなっていることである。
案の定、撮影のために三脚を出したとたんここでもどこで見ていたのか警備の人がやってきて注意を受けることになってしまった。なんでもここはCMなどでもよく使われるせいもあって今ではすっかり撮影スポットとして有名になってしまったのはいいが、絶好の撮影ポイントを探して明らかに無茶なところに三脚を立てる人がいて困っていると言うのである。
ここに限らず三脚を使ったり、大判カメラなどを使っているとよく注意を受けるのだが、どうやら日常何でもない場所でも結構撮影禁止だったり撮影条件が厳しいところが多いようなのだ。夜景で有名な新宿サザンテラスもクリスマスの時期など結構三脚を立てて撮っている人を見かけるが、実はここも三脚は使ってはいけないことになっている。
こうした障害を乗り越えて撮ってこそベストショットをものに出来ると言う考えもあるし、事実以前TVでやっていたニューヨークのWTCのテロのレポートの中でスクープをものにしたマグナムのカメラマンの多くは、警察や消防の制止を振り切り最後にはここに入ったら殺すとまで言われているところまで踏み込んで写真を撮っていたらしいが、おかげでカメラマンと言う連中はどんなところでも土足で踏み込む無礼なやからだと思われてしまっているのだ。

 まあ、全てがマナーの悪い撮影者や訪問者によるトラブルのせいでは無いだろうが、こうして絶好の撮影場所の多くは有名になるにつれて、いつのまにか撮影禁止になってしまったり立ち入り禁止になってしまうことが多いのが実情だ。
そのせいだろうか、絶好のロケ地と言うのはみんな秘密にしておきたいものらしい。それではいい撮影場所というのは松茸やトリュフの産地のように口伝でしか伝わらないのかというとそういうわけではないらしく、秘密にしていたつもりでも、いつの間にかカメラを持った人たちでごった返すようになってしまうのが不思議なところである

 そうしたこともあって場所取り競争に加わる根性も撮影禁止の場所に踏み込む度胸も無い私はもっぱら雑誌などではけして取り上げられないごく普通の場所や、逆に昔の仕事を生かした変わった建物や町並みなどを撮っている。ポイントは写真関係でない書物から見晴らしや景観などについてかかれている物を見つけて、なるべく早いうちに撮りに行ってしまうことだ。特に建築関係などは専門誌などを見れば計画段階から特集になっている物も多いので、作っているうちから見ておくと被写体としても結構おもしろいものが見つかるだろう。(たとえば横浜国際客船ターミナルなどはできあがる遙か前から情報が載っていた)
ただし、最近は出来る前から結構反対運動が起こっている建物も多い関係で、(そうした運動に使われることを恐れてか)工事中の写真を撮られるのをひどく嫌う場合も多いそうだ。そんな訳でこの方法もいつまで有効かは分からない。

 こうして考えていくと結局、誰の迷惑にもならないし撮る方も気楽なのは誰も気にとめないような所を発掘するのが一番だと言うことになる。こう書くといかにもつまらない場所しか残っていないような感じがするかもしれないが、有名な写真であっても結構日常の風景をうまく切り取って撮られている物が多いことを考えれば分かるとおり、要は探し方の問題なのだ。ただ問題は巨匠でもない我々が、いかにしてこうした物になる光景を見つけられるかと言うことだ。

 そのための練習方法だが、以前写真関係のネットで聞いた話の中でこれは効き目がありそうだと思った方法を一つ紹介しておこう。それは自分がよく知っている所で、かつこれまで数え切れないほど多くのカメラマンが被写体にしてきた場所(出来れば街)を、事前に何も見ずに歩き回りながら撮影場所とアングルを決めて出来るだけたくさん撮ってみると言うものだ。
もちろんただ撮るだけでなく後でそれと有名な写真集と比べてみるのがポイントなのだが、同じ場所でも後で写真集と比べてみるとその違いにびっくりするに違いない。その違いはちょとしたライティングの違いやフレーミングの違いの場合が大半なのにである。以前、ニューヨークに住んでいた友人が言っていたが、プロのすごいところはそこに住んでいてようやく見つけだしたような撮影ポイントを、初めて来てほんの数十分歩き回っただけで見つけだせる所だという。そして同じ場所でもわずかなアングルや構図の違いでそこに何年も住んでいる人よりも良いカットを物に出来るというのである。
 同じ境地にいつになったらなれるのかは分からないが、こうしてカメラを片手に私は街を撮っている。

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January 22, 2005

そろそろネタに不足する

blogを作って毎日更新と言う野望を持っていたのだが、既にネタ切れになりつつある。
実は書きかけのネタは多数有るのだが、ブラッシュアップが足りなかったり、落ちが付かずに尻切れトンボになっていたりして、そのままほっぽっているというのが実情だ。それにしても毎日更新している人、さらには仕事で毎日長文を書いている人にはつくずく感心してしまう。
それでも書きたいネタが有るだけまだましといえるだろう。デザイン系の仕事をしていて何が一番つらいかって、締め切りに追い立てられることより(これもいやですが)ネタが出ないまま悶々と白紙の前で苦しむ事が一番つらいからだ。
それにしても、こうしたアイディアやテンションは盛り上がるときはいくらでも盛り上がるのに、駄目なときはいくらあがいても駄目だから困ったものである。

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January 21, 2005

大判カメラの勧め

 最近大判カメラに凝っている。もともと写真の好みが浅いピントのきめ細かい絵が好きなのに加えて、ルーペで拡大してみてみるとどこまでも拡大できるような感覚が好きなのだ。
 ちょうど映画「ブレードランナー」のなかで主人公デッカードが証拠物件の写真を特殊なビューアーにかけると、1枚の写真なのに視点を変えて写されたシーンの中を自由に移動しながら見ることが出来る装置が出てきたが、大げさに言えば視点は変えられないもののその現代版といった感じだろうか。
 以前HASSELを初めて手に入れたときに撮った写真の中に、建築途中のビルとクレーンを覆っている網の目が全て写っていて仰天したときがあったが、これが大判写真では網の目どころか遠景のビルの窓の中まで拡大すると判別できる程なのだ。

 おかげで普通のカメラでは退屈なだけの遠くの町並みや風景も大判カメラで撮ってみると思わぬ発見があるのがおもしろい。特に私は目が悪いせいもあって、後で上がった写真を見ると「あれ、こんなところに看板があったっけ」とか、端っこの方に写っている人が思わぬリアクションや表情を浮かべているのが判ったりとかして見ていて飽きないし、そのとき自分のいた空間をそっくり切り取って後から好きなように見て回れるような感じがして、なにか神の視点といったら大げさだが、自分の能力を超えた視点を手に入れたような気にさせてくれるのである。

 とはいえ、たとえ写真を趣味にしている人でも大判カメラというとさぞかし撮るのが大変で高価そうで二の足を踏む人も多いかもしれないが、実はこれは誤解なのである。
 まず値段についてだが、大げさな外観や写りからみれば意外なほど安く手に入れることも可能なのだ。カタログなどで調べるとそれなりに高価なものばかりであるが、中古商品を当たってみればむしろ今は買い手がつかないせいもあって結構安い掘り出し物が見つかることだろう。もちろん、大判カメラでもジナーやリンホフなどライカやコンタックスに匹敵する(いや価格からするとそれ以上か)高級ブランドが存在し、カメラ屋の奥で歳月を経ながら風格を醸し出している様を目にすることが出来のだが、単に大判写真を撮ってみたいのであればそうしたブランド品でなくても十分事足りるし写りについてもそんなに心配することはない、なにせ大判カメラはたいていのレンズが交換可能なので、ある特定のメーカーじゃないとこのレンズが使えないと言うことはまずないからだ。ではなにが違うかというと、主に使い勝手と長期間使った際の耐久性や信頼性の違いなのだが、もともと動作部分の少ない大判カメラでは故障についてはそれほど神経質になることはないし、使い勝手の悪さや拡張性の制約も値段ほどの違いがあるわけではないからだ。
 次に使い勝手であるが、これも意外なほど簡単なのである。もともと大判カメラは大げさな外見に反して写真を撮るために必要な作業はほとんど自動化されてないので、手順は多いもののすべての作業が直接写真を撮ることと結びついていて無駄がないし、撮ることと直接関連しているせいで直感的に作業できるのである。おかげで大判カメラを使えば写真の仕組みを身をもって知ることが出来だろう。なにせピントグラスに写る映像がそのままフィルムに写るのだから間違いない。感覚的に判りづらい被写界深度はもとより、接写時の露出倍数などもまさに「見て判る」のである(ピントガラスが暗いとつらいけど)。
思えば僕が学生の頃、写真学科の最初の授業は大判カメラだったのを傍目で見て、なぜ最初にポピュラーな一眼レフではなくてプロ用の印象の強い大判カメラの実習を最初にやるのだろうと訝しく思っていたが、自分で大判カメラで写真を撮るようになってみると、たしかによく分かるのである。なに分ここまで撮るのが大げさだと、その分ちゃんと構図を考えたり光線の具合を見たりするので結果的にいい写真をとろうとするうちに写真の腕も上がるという訳である。
(余談だがその授業ではフィルム代をケチっていたわけではないだろうが、大判カメラは渡してくれたもののなかなかフィルムを入れての撮影をやらせてもらえなかったらしい。)

もう一つの大判カメラのメリットは最初に書いたことと矛盾するかもしれないが、決して隠し撮り出来ない撮影の大げささである。僕が使っているスピードグラフィックはプレス用カメラとして昭和40年代ぐらいまで新聞社などで使われていたらしいが、正直なところどうすればそんなことが出来るのか見当もつかないほど今の目から見ると大変なのである。
といっても撮影自体が難しいのではない。単純にカメラが大きくて重く、いろんなところが自動化されていないだけでも十分に大変なのだ。たとえばその重さから、日頃携行するにはかなりの覚悟が必要なのは言うまでもないし、いざ何かを撮ろうとしてもまず、フォーカスレバーを開けてシャッターを開けピントグラスの像を確認して構図を決め、構図が決まったらフィルムフォルダーをおもむろにセットした後、フォーカスレバーを元に戻し、シャッターをチャージして、ピントと露出(シャッター速度と絞り)をセットする、こうしてようやくシャッターを切ることが出来るのである。もちろんこれを手に持ったままやるのは不可能に近いので通常は三脚にセットして行う訳だが、スタジオならともかく外でしかも雨が降っていたりしたら、両手が2本あるだけではとても足りない感じがするのは判っていただけるだろう。
 もちろんプレスカメラとして使う場合にはとてもこんな事をしてはいられないので、付属のフレームでおおざっぱに構図を決めたら、後は目測や付属の距離計を頼りにピントを決めて、たいていは露出計など使わずに感を頼りに露出を決めるか、強力なストロボに物をいわせて、手持ちで撮るわけだが、こんな芸当はプロならともかく駆け出しの大判カメラ初心者にとってはフィルムをどぶに捨てるような物でとてもじゃないが恐ろしくて出来そうもないテクニックである。それでも当時は新聞記者ならだれでも出来たそうで、なんでも万歳三唱を唱えて、3回目には2枚目の撮影が間に合ったというから恐れ入る。
 じゃあなんでこれがいいのかと言うと、ここまで大げさで人目に付くと、このご時世に写真を撮ることで周りの普通の人たちとコミュニケーションがとれるのである。僕も撮影中に何度も質問を受けたり、年輩の人に懐かしがられたり、子供たちに受けたりすると、まだまだ世の中も捨てたもんじゃないかなと言う気もしてくる。まあ、逆に周りで携帯でばしゃばしゃとっている人がいるのに、警備員が飛んできて撮影禁止ですと言われることも多々あるのが難点だが・・。
それでもカメラ付き携帯の普及もあって、ますます写真を撮ることが傍若無人になりつつある今日この頃、せめて趣味で写真を撮っている人たちぐらい大判カメラをもってくれたら、もう少し撮影マナーの向上にも、アマチュアカメラマンの地位向上にも繋がるのではないだろうか。

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January 20, 2005

過去の仕事を振り返る

 フリーのデザイナーたるもの、常に人に見せられるポートフォリオや作品集を用意するのは当然の事だが、最近同じ所の仕事をやりすぎてすっかりサラリーマン化してさぼってしまった。
おかげでプロジェクトが終了間近の今頃になって大あわてで取りかかる羽目になってしまっている。これでは夏休み終わり頃の小学生である。
 だが、引っ越しと同じように昔のものを引っ張り出していると、つい思わぬところで読みふけってしまい思わぬ時間を取られてしまうと言う罠があるものの、結構いろんな発見が有って面白い。
振り返って分かるのは仕事が変わっても意外と同じテーマを追っていると言うことだ。自分の場合にはこれがインテリアやエクステリアになるのだが、CGデザインをしているときにはゲームの背景などで、建築設計をしているときはそのものを、そして写真の仕事では主要な被写体として追っかけている事に気づかされるのである。

デザインを始めたばかりの学生の頃、作風というものに強烈に憧れていていたことがあったが、なんのことはない、無理して作らなくても自然にテーマや作風と言うのは出来ていくようである。あとはマンネリにならないよう気をつけよう。

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January 19, 2005

サンシャイン60の夕焼け

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以前書いたように今は平日が休みなので、この前の日に池袋サンシャイン60に写真を撮りに行っていた。
 サンシャイン60!。今となっては「何」といった感じだが、出来た当時は今の六本木ヒルズのようなトレンディな(死語)観光スポットだったのだ。それが横浜ランドマークタワーが出来ると、話題はそちらに移り、さらに今の六本木ヒルズへと話題は流れていったのだが、こうしたちょっと昔に話題になった所を行くのは結構いいものなのだ。なんといってもすいてるし。
それでも、写真をやっている人ならあそこから夕日や夜景を撮ったら絵になると言うのは誰でも思いつくらしく、人はすくないもののカメラ所有率は妙に高い場所と化していた。それも観光地で見かけるようなコンパクトカメラを使っているようなかわいいものではなく。三脚、デジタルカメラ、カメラバックを持った妙に本格度の高い面々である。(自分もその一人ではあるが)
でもそれほど人が多くないせいだろうか、こっそり三脚を展開しても何も言われなかったのは有り難かった。最近はマナーが悪いカメラマンがいるせいもあるけど、結構うるさいところが多くて三脚はなかなか使えないのである。
それでも時代の流れを感じたのは、皆使っているカメラがデジタルカメラだと言うことだ。そのなかで、正体不明のカメラ(ロシア製のパノラマカメラ)を使っている僕はさぞかし怪しい人に見えたことであろう。

その成果物が上がったのでついでにこちらに貼っておきます。

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January 18, 2005

湯たんぽのある生活

今日は多少暖かくなったが、この前の土日は寒くて大変だった。しかも以前の日記に書いたように当時は胃をやられてろくに食べてない上に、昨年異常に来た台風で雨戸が壊れてしまい、隙間風が入ってくると言う最悪の状態だった。
このままでは寝るときに夜中に膝から下が氷水につけたように冷たくなって起きてしまうのは目に見えているので、実に5年ぶりに湯たんぽを引っ張り出してみた。この湯たんぽ、引っ越ししたてでろくに寝具も無かったときに寒さに耐えかねて急遽購入したものである。
それでも当時でさえ湯たんぽを買う人は珍しかったらしく、ようやく置いてあるのを見つけた店の人と、湯たんぽ談義をした記憶がある。話した内容は忘れたが、伝統的な金属製の湯たんぽを欲しがっていた私に対して、店の人が見た目はいいけど、直に暑くなるので危ないからやめた方がいいですよと言っていたのを覚えている。
 こうして久しぶりに引っ張り出した湯たんぽだが、使ってみると結構いいものだ。おまけに生活の中で古くから使われてきただけあって、思った以上に合理的な使い勝手なのである。
まず電気や火を使っていないから火災の危険がないのは当然として、適度にぬるくなっていくので眠りを妨げないし、朝起きた後そのまま中身のお湯で顔を洗えると言うおまけまで付いているのである。
これがたった1つの器具とすら呼べないもの1つで出来るのだから、昔からの生活の知恵というのは侮れないものだと思う。

おまけ:たまたま湯たんぽで検索したところそのもののずばり「湯たんぽの勧め」と言うページを見つけた。湯たんぽへの愛に満ちています。それにしてもいろんな湯たんぽカバーがあるものですね。

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January 17, 2005

タイタンの赤い空

b0029315_1315638最近、Mac-miniやらいろいろ書きたい話題は多いのだが、仕事が始まるととたんに時間が足りなくなってしまったので、話題を「ホイヘンス」だけに絞って書くことにする。
土星を探査中の米航空宇宙局(NASA)の「カッシーニ」から分離した、欧州宇宙機関(ESA)の惑星探査機「ホイヘンス」が土星の衛星タイタンに着陸したニュースは、正確には昨日(もう一昨日か)になるのだが、本格的なカラー画像少し遅れての公開になった。

欧州宇宙機構
最近は世界のどこからでもリアルタイムで動画が届く時代なので、ネットなどではいぶかしむ声もあるようだが考えてみて欲しい、相手は35億Kmの彼方にあるのである。しかも探査機が打ち上げられたのは1997年10月(Windows95の頃)のことなのだ。当時のデジカメを思い出してもらえば分かるように、今から何世代も前のカメラなのは分かってもらえるだろう。

 前置きが長くなったが、画像を見て一番驚いたのは「空が赤い」と言うことだった。なんとなくタイタンと言えば青白い冷たい世界と言うイメージだったのだ。考えてみれば、タイタンの空気は地球とは異なる(おそらくメタンか?)訳だから、赤くても別に何の不思議でもない。地球の空の場合、大気の中で波長の短い光が遮られる途中で拡散し、その色が青く見えている訳だが、光に対する光学特性も異なるタイタンではもっと長い波長の光まで拡散するのかもしれない。
それでもタイタンの空が赤いと言うことを想像した作家はいなかったのでは無いだろうか。私たちは太陽から離れた冷たい世界と言うだけで、どうしても北極や南極を元に考えてしまうからだ。
 昔、2001に出てくるモノリスは、本当は宇宙人を想定していたものの当時のありとあらゆる一流アーティスト達に依頼しても満足するものが出来なかったので、キューブリックは落胆し、「想像もつかないほどのものは、想像できないことがわかった」との言葉を残して宇宙人の映像化を断念し、あのような四角い板になったと言う話を竹熊氏のブログで読んだが、タイタンの空も同じように「想像もつかないほどのものは、想像できないことがわかった」というテーマを立証したのかも知れない。

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January 16, 2005

日曜日から出勤する

仕事の都合で今日は仕事場に出勤した。というのも仕事の請負先が今月は米国シフトしている為である。
とはいえ、本当の向こうの時差に会わせているわけではなく、単に向こうの返事が現地時間の金曜日に来るので、それを受けてレスポンスを返すためには土日に働かざる得ないだけなので、夜勤のシステム管理などの仕事や、海外のサーバー管理に比べればたいしたことの無いレベルの話だろう。
余談になるが私が知っている一番大変な時差のある仕事は、NASAの火星探査機スピリットとオポチュニティーの管制室の仕事だろう。彼らの時差は一時間/日、つまり火星の一日25時間に合わせて毎日、一時間ずつ地球時間とずれていくのである。
なお付け加えておくと、これはたんなる作業効率からくるのではなく、来るべき有人火星旅行時に現地時間で活動した方がいいのか、地球時間に合わせて作業した方がいいのかを判断する為でもある。そう、連中はマジなのだ。

なお、月の一日は一ヶ月!なので、こちらは最初から現地の時差に合わせるのは断念したようである(笑)。

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January 14, 2005

胃をやられてダウンする

ここしばらく、調子が悪いと思っていたら年末からの暴飲暴食が祟って、胃がやられてしまっていたらしい。昨日から全く食欲が無く、ちょっと何かを飲んだり食べたりしただけで胃がむかむかするのだ。
だが、さすがは食い意地の張った自分の胃だけあって、別に食べるとちゃんと消化されるのはたいしたものである。とはいえ、あまりに具合が悪くて眠れないほどだったので、今日は観念して一日おかゆ少々でしのいでみた。とはいえ、直ってきた夜にはせっかくだから中華粥にしようと、土鍋で米を炊き始めたりして実はあまり懲りていないのかも知れない。
 余談だが、中華粥と日本のおかゆの大きな違いは、水の量とふたをするかの2点にある。中華粥では水は米の15倍、そして炊いている間は決して蓋をしてはいけないし、かき混ぜてもいけないのである。それさえ守れば、あの日本のおかゆとは違ったさらさらとした触感の粥を味わうことが出来るのだ。あとは、ごま油をちょっと垂らして皮蛋(ピータン)なり油條(中華風揚げパン)なりお好きなものをつまみにすればいいだろう。
興味のある人は一度おためしください。

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とりあえずblogを作ったが

自分のWebページの更新があまりに滞っているうえにデザインが古くなって来たので、全面的に更新を考えていたのだが、blogを立ち上げてこちらに内容を少しずつ移植していった方が楽そうなので、新たにblogを立ち上げる事にした。
とはいえまだ始めたばかりなので、内容はまだ全然ないのだが・・・。

まあ、ぼちぼちやっていくことにしよう。

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