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June 30, 2005

世界のレシピ

 ちょっとこの前mixiでカルボナーラの話になって、そこで本場イタリアのレシピを見せてもらって気が付いたのだが、料理のレシピもお国柄が出るらしい。
その思いを強くしたのはイタリアレシピとアメリカのレシピがあまりにも違っていたからである。ではなにが違うかというと、もちろん書かれている料理法などではない、と言うか違う国の料理なのだから料理法が違うのは当然だ。そうではなくて書かれていない部分がお国柄を反映しているのである。
 抽象論も何だから具体例を挙げて見てみよう。イタリアのレシピの場合、そもそも分量が日本とは違っている(これはアメリカも同じだが)、1人前はおろか2人前すらなく最低4人前の分量なのだ。不思議なのはアメリカで今ではどうだか知らないが、イタリアと違って大家族制度が崩壊し日本並みに個食化が進んでいるはずなのに、レシピはしっかり4人前が基準なのだ。いや、もしかしたらこれは私の勘違いで連中の事だからこれが1人前の分量なのかも知れないが・・・。
 もう一つ興味深いのは、調味料についてである。イタリアのレシピの場合、調味料の分量が具体的に書かれていることはほとんど無い(そうだ)、なんでも分量はマンマの脳内に入っていて家族の好みと人数によって自動的に変換されるので書いても無駄ということらしい。これに対してアメリカのレシピはファーストフード店のマニュアルを知っている人なら分かるだろうが、とにかく徹底的に書れていて、どんな人間でもマニュアル通りにすれば全く同じ味が再現できる様になっているものが多いのが特徴だ。どれくらいちゃんとしているかというと分量のはかり方とか(計量カップを使わない場合、ティースプーンすり切りで何gとか)人数が増えた場合、単純に倍々で増えるものと、一定の掛け率で変化するものの一覧まで載っているくらいなのである。
 だがこのように異なる両国でもそして日本でも共通で載っているものが一つあってそれが料理にかかる所要時間だから面白い。手のかからない料理が作り手に好まれるのだけは古今東西変わらないようである。

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June 29, 2005

ビールの話

colona
 まだ梅雨も終わっていないはずなのだが、例年の異常気象に違わずここんとこ真夏日が続いている。おかげで例年よりも早くお酒はビールモードに突入してしまい、この前も写真の様に思わずコロナビールとライムを買い込んできてしまった。なぜコロナビールかと言うと、すり込みの恐ろしさとでも言うのだろうか、私が美味しいと思うビールは皆ビール自体のおいしさと言うよりは、どれだけ暑い日にそれを飲んだかの記憶によって決まっているからである。ちなみにこのコロナビールは昔、コンピューター関係の36度を超える炎天下の野外パーティで飲んだ時の印象に基づいている。だが肝心の味の方も元々メキシコ産だけあって、こうしたくそ暑い日向けのさっぱりした口当たり上にいくら飲んでも飲み飽きない味なのだ。しかも向こうで飲まれているように4切りにしたライムを瓶の口にねじ込んでそのまま飲むと、適度な酸味が暑さでへばった体には猛烈に心地よく感じられるからすばらしい。やはりどの酒もそうだが、作られた土地の気候で飲むのに特化されているのだろう。
 さて他によく飲むビールだが、中国の青島とイギリスのギネスがある。青島ビールに関しては以前、向こうの人が経営する中華料理店でオーダーしたところ、向こうの人にさえ「アサヒの方が旨いよ」と言われてしまったこともあるのだが(笑)、何故か私はこの味が気に入って頻繁に飲んでいるのだ。おそらくその理由は成分の中に「米」が含まれてるのが日本酒のみの自分にマッチしているからだと思っている。そうドイツなど法律で麦以外の原料を認めていない国は別として、多くのビールでは大抵麦以外の原料が含まれているものなのだ。バトワイザーを始めとして多くのビールでコーンスターチが多いのだが、以外に米もビールの原料には使われている事が多いのだ。気になる方は一度自分が飲んでいるビールの原料を見てみるといいだろう。
 残るイギリスのギネスについては、実は他のビールとはちょっとニュアンスが異なっている。これだけは特別暑い日に飲んだと言う記憶もないし、そもそも夏の暑い日に飲みたいとさえ思わない。では何がいいかというと、ワインを飲まない(分からない)自分にとって洋食に合う、アルコール度数の低いお酒と言う扱いに近いのだ。それでも飲み慣れてくると一見薬くさいような味も病みつきになってくるから不思議である。
 そんなわけで国産ビールの比率が低い変な取り合わせであるが、もちろんこれ以外のビールも飲んでいるのは言うまでもない。とはいえ普通のビールについてはもういろんなところで語られているのでここでひとまず筆を置くことにしよう。また半年間これらを飲み続ける生活が続きそうである。

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June 28, 2005

ラピタの転向を批判する

 ラピタと言う雑誌がある。小学館から出ている30才以上の趣味人向け雑誌と言うふれこみだったものだが、過去形で書いているとおり最近LEONなどの30才以上のちょい悪系オヤジ向け雑誌に鞍替えするようである。
まあ、売れ行きを考えて趣旨替えするのはよくあることだが、気に入らないのはリニューアル号の中にある編集長の言葉である。要は基本ポリシーは変えないのだが、もっと広く一般にアピールするような雑誌にするために、マニアックなオタク風の部分が根暗に取られないようなものにしたいそうだ。なんかこれって、最近ネット上で話題になっている電車男ではないが脱オタ路線で行こうということなのだろうか?
 若者向け雑誌ならともかくオヤジ向け雑誌で脱オタもあったもんじゃないと思うのだが、そもそも一般受けといったって過当競争に突入しているLEONのようなちょい悪系雑誌にいまさら加わって勝ち目があると思えない。そもそも昔からの読者だった私に言わせれば、売れ行きが落ちているのは単純に面白い記事が無くなって単なるカタログ雑誌に成り下がっているせいであって、方針がどうこう言うのはまっとうな記事が載った後の話だろう。例えば、初期のラピタにあったようなそのままでは世間に埋もれてしまいそうな人や物に光を当ててそのエピソードを浮き彫りにするような話をちゃんと載せるだけでもだいぶ違ってくると思うのだ。仮に見つけられなかったにせよ、以前一度取り上げたままになっている所を再訪するだけでも良いだろう。ESCOの一人乗りヘリコプター開発記だとか、個人で様々なものを集めて最後には学会よりも立派なデーターペースを誇る博物館を作った人だとか、その後が気になる人や会社は一杯あると思うのだ。今ならメガスターの作者、大平さんの特集でもいい(実はドラマ化までされるそうで完全に手遅だが、本来こうした人たちに最初に光を当てたのがラピタだった筈なのだが(もし取り上げていたらごめんなさい))。しかし、最近の記事は単にカタログに載ってるようなこんな車がかっこいいとか、おしゃれな時計はどうたらとか言う記事ばかりである。
 ラピタらしいモテ方や一般受けというのは、単に流行っているまたは流行らせそうとしているものに追従して取り上げるのではなく、シャーロックホームズの愛弟子のエピソードにあるような、ラテン語の綴りから、ロンドンの貧民街の下世話な話まであらゆる話題に間口をもっていて、それをよく知らない人に興味深く聞かせるような幅広い知性だったと思うのだ。

 とはいえもうリニューアルしてしまった雑誌の事をうだうだ言ってもしょうがない。どうせ最近は全く買っていなかったのだから。後は彼らの健闘ぶりを生暖かく見守る限りである。

7/9追記:犬にかぶらせろ!さんの記事の中で雑誌は違う(マックパワー)ものの同じテーマが取り上げられていたので参考までにLinkを張っておきます。なるほど、年々雑誌の売り上げが落ちているので広告収入中心の雑誌が増えている訳か。

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June 27, 2005

浅草の食堂で老後の生活を夢想する

 この前、いかにも地元と言った感じの定食店(飲み屋)にお昼を食べに行ったのだが、平日の昼間にもかかわらず、私たち以外のお客さんは皆飲みモード(笑)。
地元の人だと思われるいい感じのじいさま達を始めとして他の一見サラリーマン風の格好をしたおじさんも、刺身定食を頼んだ後さりげなくビールも頼んでました。なんかいいなあ、こういうの。
 こういうじいさまみたいな老後もいいねと友人の女の子に話したら、海外に行かない方のバージョンですねと言われてしまった。そういえば、日頃老後は物価の安い暖かい外国でのんべんだらりと暮らしたいと口癖のようにいってるからなあ。しかし、国内ならこうしたじいさまの様な立場の老後は幸せだと思う。おそらく地元の自営業で息子あたりが後を継いでいて、気が向いたら仕事場に長老みたいな感じで顔を出せるし、普通はお気楽に昼から顔なじみのいるお店で飲んだりも出来る。今はこうした老後を過ごすのは本当はなかなか難しいのだろうけど、もし自分が年をとったときにまだ日本にこうした生活を許す基盤が残っていたならぜひこうした生活をしてみたいと思う。

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Musical Baton

 ネット上ではやっていたらしいMusical Baton(ブログ上で音楽に関する4つの質問に答えて、次の5人に(Trackbackして?/してない人もいるなあ、ここら辺のシステムが判らん)まわすというもの)がこの辺境のblogにもやってきたようだ。(love the lifeさんありがとうございます)
そんなわけで、ちょうどネタも尽き気味なので今回はこれをネタにしたいと思う。

Q. コンピュータに入ってる音楽ファイルの容量
A. 220.6MB。(移動しながら音楽を聴く趣味がないもので、ほとんどCDのまま聞いています)

Q. 今聞いている曲
A. GONTITI BEST(上記の通り移動しながら音楽を聴かないと、必然的に聞く機会は限られる。でその数少ない聞く機会が食事をするときなのですが、今晩の夕食はこの曲でした。と言うわけで正確には「今」ではないけど)

Q. 最後に買ったCD
A. ГЛЮК’ОZANOSTRA / ГЛЮК’ОZA (最近ほとんど買わないので記憶が曖昧だがたぶんこれだと思う)

Q. よく聞く、または特別な思い入れのある5曲
5曲に絞るのは難しいが・・・
A.美ら歌よ~沖縄ベスト・ソング・コレクション~
A. REFLEX / NON STOP
A. ТАТУ "200 по встречной"/ ТАТУ(オリジナルロシア直輸入盤)
A. りらっくす / 佐々木好 (80年代中島みゆきの妹版と言われたアーティスト。当時受験その他で情緒不安定気味だった自分にとって、彼女の曲は心に響くものだった。そんなこともあってレコードは持っていたもののCDを買い損ねているうちに絶版。結局その後10年以上探して中古版を入手した思い出深い曲。もうほとんど聞きませんが)
a.Pachelbel: Canon and Gigue(この中に収録されているパッヘルベルの「カノンとジーグ」。私が昔クラシック小僧だった頃一番好きな、そして今でも一番好きなクラシックの曲)

 ついでなので音楽遍歴の話を少し。いつからか民族音楽にはまって、バリなど東南アジア→インド→トルコ→ヨーロッパ→ロシア→沖縄ととうとう地球一周してしまった。そんなわけで今はロシア&沖縄モードになっている。

バトンを渡します。もういろんなところで回っていてダブりそうなので勝手に3人に減らします。
以下の3名様、もし宜しければ受け取ってやってください。(決して強制はいたしませんので、気が向いたらで
結構です)
うてなさん(ごぶさたしています)
武藤さん(ダブってないですよね)
miyachiさん(よろしくお願いします)

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June 25, 2005

浅草の鳩

pigeon_un_chair
 浅草近辺で働くようになって気づいたのは、ここはやはり江戸時代から文化の中心だった町だっただけあって、街のカラーというか独自の文化が濃厚に感じられることだ。特にその思いを強くしたのは、街の独自の文化というと町並みやお店が独自のものがあるとか、若者が多いとかいった良く商業地にありがちなレベルではなく、そこで住み働いている人たちや、住み着いている動物たちですら独自の雰囲気がある点である。
 特に浅草では鳩をよく見かけるのだが、この鳩が他の街と違うのだ。単に鳩が多いと言うだけならよくある話だろう。しかし浅草らしいというか、ちょっと他と違うよと思うのはこの街の鳩、人をおそれる気配が全くないのである。写真は浅草演芸ホールそばのマクドナルドで見かけた鳩たちだが、この鳩、ちょうど小さい子供連れの母子がいっぱいいる時間帯だったにもかかわらず、平気で人が座っている屋外席の椅子やテーブルの下にまでやってきて、客が落としたポテトなどをついばんでいるのである。このような光景は別にここだけに留まらない、観光客でごった返している雷門の周りだろうが、屋根に覆われたアーケード商店街の中だろうが、ごく普通に鳩たちは人に交じって(逃げもせず)歩き回っているのである。そのあまりの飛ばなさぶりに本気で羽が抜かれているのではと思うくらいだ。
 ガラパゴス諸島などの人がこなかった太平洋の島々の鳥は人を恐れる事を知らず、平気で水夫達に留まったりしたそうだが、まるでそれを彷彿させるような光景であった。
 太平洋諸島の鳥たちはその後、腹を空かせた水夫達によって乱獲されてしまうのであるが、日本が食糧危機になったときには最初に食われてしまうのはきっと浅草の鳩たちなのかも知れない。

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June 24, 2005

ネガティブ化するググラーの意味

 ググラーもしくはGooglerと言うネット上のジャーゴンがある。本来はgooleの使い手、もしくはよく使う人と言ったニュアンスだったが、最近ではネガティブなイメージでも使われるようになってしまったようだ。ネガティブイメージの内容は「何でもgooleで検索しただけでそれについて知っているかのような書き方をする」もしくは「『gooleの検索結果=正しいこと』と思っている」と言う事らしい。
 確かに言われてみると以前から2chやスラッシュドット内でコメントの応酬などで自説の正しさを主張する際にこの手の書き込みは結構目にしてきたし、大学などのレポートや論文で一見充実した内容のようで実はほとんどの内容がgooleの検索結果を単に張り合わせただけのものを提出する学生も前から問題になっていたのを聞いたことがある。
 これを単に道具に使われているといってしまうのは簡単だがSEO(と言う検索ツールの上位に表示されるようにWebページを最適化するサービス)がれっきとした商売として成り立っているように、理屈では分かっていてもそれをふまえて情報リテラシーを高めるのは難しい。自分の専門分野であればたとえそれがgooleのトップにLinkされた記事にしても真偽を疑うことは出来るだろうが、よく判らない分野だったとして上位10位のLink先に同じ事が書かれていたとしてそれを疑うことが出来るだろうか?
 いや、大衆は馬鹿でないからそのうち正しいものが上位に来るよと言う意見もあるだろう。しかし中国のようにインターネットが監視されている社会でなくてもgooleの検索結果の上位の結果が恣意的なものになるというのは十分あり得ることなのである。
 例えば分かりやすい例として愛知万博の検索例がある。松浦晋也さんのblogのコメント欄に載っていた話だが、万博が始まる前に愛知万博で検索すると比較的上位に来た批判的な事を書いているページは、現時点ではほとんど上位には表示されなくなっている。誤解を避けるために書いておくともちろんこれは圧力が加わったとかいうものではなく、単に好意的な意見のページが上位に来るように出資者側のwebページの最適化が大規模に行われたからに他ならない。またgoole内にもれっきとしたNGワードがあるようで、以前「極東ブログ」のfinalventさんが書いていたが差別や宗教などのセンシティブな内容をあつかった記事によっては、どんなにgooleで検索をかけてもそののページは表示されなかった事もあるそうだ。また有名な例としては「google村八分」と言う言葉を広めた「株式会社ウェディング事件」のような例もある。gooleといえど普通の会社なので訴訟沙汰になっている事例については一時検索対象から外すと言うことは普通にあると思った方がいいだろう。
 そして残念ながらこうした事例はgooleに限らない、他の検索ツールやblogの記事、そして2chのスレッドにせよ常にこうした可能性はあるのだ。(2chで言うと確かに企業圧力に対しては他と一緒に論じられない点がある。しかし「電車男」のカットされたエピソード(Link先の終着駅参照)のように結局は売り手の都合で無かったことにされてしまう部分はあるのだ)

 こうして考えてみると、情報リテラシーと言うのがいかに言うは易し行うは難しか分かるだろう。ググラーと言う言葉にまつわるネガティブイメージを払拭する方法は想像以上に困難な道のりなのかも知れない。

追記(2005/09/10):そのほかにgoogleのトップが間違っている例として「在日韓国朝鮮人の生活保護受給率は5人に1人」というのがある。詳しくは児童小銃さんの所に詳しくまとめられているが、ようは集計ミスが後で分かったものの肝心のまとめサイトの管理者が不明で間違いがいつまで経っても修正できないのが原因である。

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June 23, 2005

牛乳の転向宣言そしてビール

 以前書いた牛乳の話で、ここ数年はもっぱらノンホモライズの低温殺菌牛乳ばかり飲んでいると書いたが、最近MEGMILKの「牛乳が好きな人のメグミルク」と言う高温殺菌牛乳に転向している。
 弁明させてもらうとこの牛乳、低温脱気製法高温殺菌牛乳(長い名前だな)と言うものだそうで、要は低温殺菌牛乳と高温殺菌牛乳の双方の良い点を兼ね備えているそうだ。だいたいこの手の、当社独自の製法というやつは美味しかった試しがないと言う偏見があったのだが、賞味期限が普通の牛乳並みに長い事につられてものは試しと買ってみたのである。すると確かに美味しいではないか。MEGMILKの普通の牛乳にしてもおいしさについて結構がんばっていると言う話は聞いていたものの、まさかここまで美味しいとは思わなかった。とはいえ残念ながらこの牛乳どこでも売っていると言うものでは無いらしい(普通にスーパーで売られていました)。私が買ったのもいつもノンホモライズの低温殺菌牛乳を買っているスーパーの牛乳専門コーナーに置かれていたもので、どうやら牛乳好きにアピールした高級路線のようである。とはいえ美味しくてしかも普通の牛乳並に持つのはありがたい。趣旨を曲げるようではあるが、しばらくはこの牛乳を飲み続けてみようと思っている。
 ところでさっき、当社独自の製法というやつは美味しかった試しがないと書いたが、よく考えてみるともう一つ例外があったのを思い出した。それはあのギネスブックで有名なギネスと言う黒ビールである(とわざわざ書かなくても最近では普通にスーパーで売られているので皆知っているだろう)。このビールがパブで出されている泡立ちを食卓でも再現するといううたい文句で最近フローティング・ウィジェットと言う独自の工夫を缶に凝らすようになったのだが、これが期待以上にいい具合なのだ。たかが泡立ち言う無かれ、飲んでみると分かるが明らかに味が違うのだ。しかもこの仕掛け、一見何の変哲もないプラスチックの丸い玉が缶に入っているだけだから不思議である。昔から続いているビール戦争で、一時期各社が泡立ちや味が違うと言って様々な注ぎ口のついたボトルを出していた(そしていつの間に無くなった)のを知っている身としては、まさか本当に効果があるものが出てくるとは思わなかった。

追記:この後結局また低温殺菌牛乳に戻ることになった。やはりこちらの方が自分にとっては美味しいようだ。
関連記事:再び低温殺菌牛乳の話

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June 22, 2005

無駄な時間

 もう若くないせいかもしれないが、ようやく取れた休みの日など疲れて何もしたくない日があるものだ。だが、そこで困るのが日常の家事である。一人暮らしで平日会社で働いている人だと、まとまった掃除や洗濯物がたまっている筈だし、家で仕事をしている自営業なら自営業で、働いている分汚れがたまる。かと言って結婚していて奥さんがいればやってくれるかというと、それほど世の中甘くないようである。(特に小さな子供がいると、向こうは朝から遊んでモードだったりするのでおちおち寝てもいられないらしい)
 残念ながら私の場合何もしたくないのは山々なのだが、何故かやることが山のようにあってそれが出来る状況に無い。特に多趣味なわけでも家で特別なことをしているわけでもないのにこれだけ忙しいのが不思議である。まあこれもきっとどこかに無駄な時間があるのだろうが、かといってプログラマーの知人のように自分の生活も職業柄合理性を追求して、日々家計簿とスケジュール表で無駄な時間を極力排除して合理化を進める気にはなかなかならないものである。そういえば新書「月をめざした2人の科学者」によると、かのフォンブラウンも無駄な時間と言うのを非常に嫌っていたそうだ。だがこうした人たちはなんらかの生涯の目標があったからこそ出来るのだと思う。目標さえ決まっていれば、それを実現するためになすべき事は山のようにあるし、またその目標から見て何が無駄で何が有用かも明確になってくるからだ。
 こうして考えると、一番不幸なのは無駄な時間をゆとりとして楽しむわけでもなく、後から振り返ってあの時間にあれをしておけば、これをしておけばと嘆くことだろう。そうした点では時間がないと言っているのはまだ幸せなのかも知れない。

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June 21, 2005

火星の青い夕焼け

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 火星探査車スピリットのパノラマカメラが撮影した火星の「青い」夕焼け。グーセフクレーターの縁に地球より遠く2/3に見える太陽が沈もうとしている。JPLの発表によると、この画像はほぼ人間の目と同じ色彩再現を持つそうで、若干の色味の誇張はあるもののもし現地に人が立っていればこれと同じような光景を目にすることが出来るという。
 幻想的かつすばらしい光景だ。こうした画像を見ると惑星探査機の写真を集めたすばらしい写真集"BEYOND"の続編を期待したくなる。
なお、夕焼けが青いのは火星大気に含まれる粒子径の大きな塵が、赤い光を妨げるためでくわしくはこちらを参照して欲しい。こうした「青い」夕焼けは地球でも火山の粉塵などによりごくまれに見られるらしい。
 

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June 20, 2005

若気の至りを目撃する

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 駅前で見かけた廃棄されたお面。
我が家の最寄り駅は大学の側と言うこともあり週末はしょっちゅう大変なことになっているのだが、今回は何かあったのだろう、いつもに輪をかけてにぎやかだった。とはいえ私も学生時代は様々な馬鹿をやってきた方なので、近所迷惑にならない限りあまり口うるさいことを言う気にはならない。むしろ、彼らのやりとりを聞いているとふと自分が若い頃を思い出して、懐かしくもほほえましく思ってしまうくらいである。昨年末にはクリスマスの勝負をかけていたのだろう、家の近所のアパートで送って帰ろうと言うやりとりをして結局、玉砕した男の子を見かけたときには特にそう思ったものである。
 そんなわけで週末になると駅前には酔っぱらった若者達を見かけるのは慣れっこになっているのだが、時々さすがにこれはやばいだろうというのを見るときがある。と言っても悪ふざけや暴力沙汰ではなく、飲み過ぎて潰れているのがいることだ。この前などは、ひっくり返った自転車の脇で素面なら寝ていても絶対にとれないような不自然なポーズで道路脇の植え込みにつっこんで寝ている(?)若者を見たが、さすがに心配になって駅前の交番に連絡したくらいである。とはいえ、その交番も毎回の学生達の騒ぎにはうんざりしているらしく「あー、判った。判った。後で見るからと」ほとんど片手間扱いであった。まあ、その後新聞記事にもなってないところを見ると翌日にでも何とか生還してくれたのだろう。
 それにしても急性アルコール中毒だけは気をつけてくれよと、昔を思い出して私は内心で彼らにつぶやくのであった。

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June 19, 2005

blogのサービスを振り返る

 ITメディアの記事によると、今年のblogの利用者数は以下の順位になっているらしい。
 
 ・今年初登場し、現在の利用者数が多い主なサイト(単位:1000人)(家庭PCからのアクセス)
ドメイン名 Webサイト名(カテゴリー) 2004年11月利用者数
livedoor.jp ライブドアブログ(Blog) 7,385
exblog.jp エキサイトブログ(Blog) 2,819
jugem.jp JUGEM(Blog) 2,609
cocolog-nifty.com ココログ(Blog) 2,452
seesaa.net Seesaaブログ 1,402
ecnavi.jp ECナビ(価格比較) 1,350
yaplog.jp ヤプログ(Blog) 1,121
9199.jp クイック(一括検索) 1,095

 身の回りに、古参のネットユーザーが多いせいもあって体感利用者数とは若干の相違があるが、ココログの順位が4位というのが微妙な所だ。微妙というのは思ったよりも順位が高い気もするし、逆に低い気もするからである。
 私は昔、Niftyのユーザーだったせいもあり(きっとココログの利用者は同じような人が多いだろう)、あまり考えもなくblogを作りに当たってココログを選んだのだが、正直言ってこの選択で良かったのか疑問に思うことも多い。というのは大きく分けて2つの理由がある。
 一つは以前の記事でも書いたように、ココログの不安定性がある。順位から見ると利用者数が極端に多いとも思えないのだが、その割にはアクセス過多で投稿機能などが利用できなかったり、メインテナンス中が目に付くのだ。またちょっと気の利いた機能は皆、Proの有料サービスではないと利用できないと言うのも気に入らない。まあ、実はその機能の多くは実は利用できない訳ではなく、単にインターフェイスが実装されていないだけのものが多いので、直接htmlをベタ打ちすればいいと言えば良いのだが、逆にたったそれだけのことなんだから無料で付いていてもいいと思うのだ。別にサーバーの負荷が増えるわけでもなし。
 さてもう一点は、nify-serveの利用者だったなら共感される人も多いと思うが、ココログは独自の文化や横の繋がりと言うのが感じられないと言うことである。一見、単なるサービスの提供に特化しているように見える他のblogサービスに比べてもココログの場合、無料で提供されるサービスではランキングはもちろんアクセログやカウンターも提供されない。まあ、変に活性化を図ろうと無理にユーザー同士をくっつけようとしても、合わない人にとってはmixi地獄(参考Link:コミュニケーションツールに使われている人々)に陥るだけだから別にそれ自体は文句は無いのだが、問題はココログのユーザーには昔のNifyのノリを期待して入った人も多いという点である。そうした点では、純粋にglob本来のサービスに徹しているようなココログ以外のサービスで、昔のパソコン通信のフォーラムやパティオのようなコミュニティが行われているのは皮肉なことだ。特にmixiや「はてな」では独自の文化とコミュニティがあるせいもあって、Nifty-Serve終了後にここに移行したコミュニティは結構多いみたいである。そういった点から見るとniftyの戦略はちょっとはずしているような気もする。それとも旧Nifty-serveの利用者はもう無視できるぐらいの少数なのかも知れないが。
(余談だがもしあなたが昔、Nifyのフォーラムにはまっていたら、mixiのコミュニティを検索してみると良いだろう。意外と昔の面子が見つかって面白いかも知れない)

参考Link
「無料Blog(無料ブログ)比較」(Kooss.com)
「ホスティング型ブログサービス比較表 (無料サービスリンク集)」
Web日記(blog)サービス 機能比較表

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June 18, 2005

シミュレーションがオリジナルになる日

 アグファ破産のニュースに続いてとうとうコダックがモノクロ印画紙の生産を止めるようだ。暗室作業が好きな自分にとっては残念なニュースだ。幸い私が使っているのはフィルムはFUJIFILMのACROS、印画紙はGEKKOのRCペーパーなので直接の影響はないものの、数年後にはFUJIFILMも生産を止めてしまいそうで落ち着かない。そのときにはいよいよハンガリーのフォルテパンやロシアのクォーツクロームやオルヴォなどを使うしかないのだろう。それにしても今でも美大や専門学校の写真の授業ではモノクロフィルムを使って現像・プリントのコースが行われている筈だが、こうした所はどうなるのだろうか?
 そういえば以前に若い人にPhotoshopを教えていて気づいたのだが、彼らの中ではPhotoshopの機能の多くが写真の暗室作業を模したものであると言う意識は全くなく、「なんでこうなってるか分からないが」ある機能を使うとこうした結果が出ると言うブラックボックス化したツールとしてとらえていて衝撃を受けた事がある。
 ある程度、暗室作業をしたことのある人なら分かるだろうが、Photoshopの機能は単純に明るさや色味を変えるものではなく、その多くが本物のフィルムの特性を精密に再現した機能になっている(例えば“焼き込みツール”などで単純に暗くなるのではなく、微妙に焦げたような色味に変化していく所などは典型的だ)。そのためにフィルムや暗室作業をしたことのある人間にとっては直感的に分かるものになっているし、これまでのアナログの素材に置き換えても(プロから見れば違いは一目瞭然にせよ)すんなりなじむようになっている。
 しかし、いつの間にかこれまでのアナログ素材のシミュレートの方が主流になり、アナログを模した機能の多くが、どうしてこんな風になってるか分からないがとりあえず色味や明るさなどを変えることが出来るらしいので使っていると言う状態になってしまっていたのだ。きっともう少し経つと、古い慣習や儀式のように「なんか直感的じゃないし、変だよね」などと言いながら使われるようになってしまうのかも知れない。そのときにフィルム世代の私たちは「昔、フィルムと言うのがあって、この部分はその名残なのじゃ」と言いながら過去を懐かしむことになるのだろう。
 かくして先人が苦労して実装したフィルムのシミュレーションは、盲腸のようになんだか分からないが昔からあるものとして、意味を問われることも理解されることもなく残り続けることになるのだろう。

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June 17, 2005

情報の飽和作戦

 今回、気にかかるネタは色々あるのだが、逆に多すぎでちゃんとした文章にまとまりそうもないのでそれについて触れるのはお休み。
 それにしても更新をさぼってまとめて一気にやるせいなのか、いつも見ているスラッシュドットにせよHotWiredにせよ、時々どかんとエントリーが載るときがあって困る。またそれが荒れそうな著作権周りやオタク論争的なものだったりすると、スレッドがフレーム状態になってなおさらである。正直読むだけでも手一杯だし、突き詰めれば面白かったり、有意義そうなものがあったにしてもとてもすくい上げるゆとりがない。
 そういえばこれもいつも読んでいる極東ブログを書いているfinalventさんが、はてなの日記で書いていたが、今のブログやネットの一番の問題は、エントリーが多すぎることで全てが(情報量が多すぎて一時的に読み飛ばすおえない)ネタ化することだそうだが、これもその始まりなのだろうか。(読み間違っていたらすいません)
 もう一つ言えば(これは情報の飽和というよりも情報を書き込む対象側の飽和作戦と言った方がいいが)、ひろゆきがどこかのインタビューで2chの板を増やしているのは分散化によってフレーム化やあらしを押さえるためだと言っていたのを読んだような記憶があるが、確かにどこかの板で騒ぎが起きても、全体に波及しにくくなるという点では一つのやり方なのだろう。案外スラッシュドットのエントリーで荒れそうなテーマをまとめてアップするのも同じ考えでわざとやっているのかも知れない。

 それにしてもこうした情報の飽和作戦と言うのは実は宣伝戦で結構使われている手段で、陰謀論じみた話に聞こえるかもしれないが、マスコミのニュースなどでは頻繁に見るやり方なのだ。例えば政治家のスキャンダルなどあまり人目に触れて欲しくないニュースなどをわざと他の大ニュースの影になるように報道したりすると言ったものが具体的な例である。ここからは陰謀論に突入するが小泉総理は運がいいと言われている事例の多くも、かなり報道タイミングの調整のおかげではないだろうか。

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June 16, 2005

色の言葉

 今回は外国における色の話。
先日、ロシア語には青に当たる語が2つあると言う話を書いたが、このように特定の文化に置いて、高貴だったり美しいとされている色は沢山ある。
 例えばロシア語では「赤い」と言う言葉красныйには「美しい」と言う意味が含まれていて、現に「美しい」と言う意味のкрасивыйは赤いと言う単語から派生している。また今では使われてないそうだが「赤い女」と言う呼び名は「美しい人」と言う意味を持つそうだ。
イスラム文化に置いては水がとても貴重だった事から、「青」أزرقُ(←注:アラビア語なのでブラウザによっては文字化けします)がもっとも美しく高貴な色とされていてモスクなどの装飾やアラビア模様のタイルなどでは頻繁に青い色が用いられている。当然ながら、アラビア語の青と言う言葉にもそういった意味が含まれているのだろうが、残念ながらアラビア語については全く分からないのでこちらについては良く分からない。またヨーロッパから日本まで多くの国では「紫」がもっとも高貴な色とされていたのは、古代では紫と言う色に染めるのがとても難しく高価だったからに他ならない。当時、鮮やかな紫色に染めるのに使われたのは古代ローマからヨーロッパなどではツブリボラと言う小さな巻き貝の一種だが、1gの染料を作るために必要な貝の量はなんと2000個とも言われていた。またアラビアや中南米では代わりにコチニールと言う貝殻虫の一種の卵が使われていたが、こちらも小さな貝殻虫のさらにその卵を使うのだから膨大な量の虫が必要になるのは言うまでもないだろう。またインド・中国で高貴な色とされていた黄色についても事情は同じで、もっとも美しい黄色に染めることが出来るとされていたサフランは、今でも香辛料売り場で値段を見れば分かるように非常に高価なものである。
 振り返って日本の色はどうだろうか、これについては知人のmixiの日記できちんとまとめられたものがあったのでそれをちょっと引用させてもらおう。


信号の緑を「青」と呼ぶ日本人、色については独特な文化を持っているようだ。四十八茶百鼠という言葉が示すように古来日本人は色に対して非常に繊細な感覚を持っている。ところが、おどろいたことに古の日本にはアカ、クロ、シロ、アオの4色しかなかったという。
しかもこの4色、当初はそれぞれ明、暗、顕、漠、であり、今でいう色の考え方とはかなり違う、アカの反対はクロで、「はっきりした」が語源のシロの反対はアオ、つまりはっきりしない色はみな「アオ」なのである…信号機の緑どころの話ではないわけだ。
アカについては「赤の他人」、「赤っ恥」などで「明らかな」という元の意味が残っていて、色としては今日での茶色や朱、黄色をも含む色であったらしい。アオは青毛の馬の色が寧ろ灰色なのを見ても実に良く判らない…。藍から緑にかけての広い範囲をみなアオとしていたようで、黄色が明確に赤から分かれるのは平安時代のようだが、緑にいたっては現代に至っても明確に分離していないようだ。

それにしてもあれだけ細やかな自然を愛でる文化を持ちながら、一方でこれだけ色を示す言葉が少なかったのは何故だろう。日本の色を示す言葉が充実するのは上に書かれているように平安時代後期まで待たなければならなかったのである。

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June 15, 2005

私はカモメ

 宇宙飛行士の有名な言葉は数多く伝わっているが、ロシアの飛行士の言葉は以前は政治的フィルターがかかっていたり、そもそもロシア語が分かる人間が(英語に比べて)少ないせいもあって実は結構間違って伝わっている言葉が多いようだ。そこでロシア語の勉強がてら、元の言葉とその意味についてちょっと紹介したいと思う。

 まずはあまりにも有名なガガーリンの言葉。
「地球は青かった」だが元のロシア語では<<Синяя земля>>となる。興味深いのは地球を表す言葉がземляになっていること。これ、英語でも"earth"やら"globe"やら"tera"など様々な呼び名があるように、ロシア語でも地球と言う意味を示す語はいろいろある中でこの言葉を選んだのは興味深い。とはいえ私の語学力で言えるのはここまで、誰かそれぞれの言葉のニュアンスの違いが分かる人がいたらぜひ教えてもらいたいものだ。それと「青」を表す語もロシア語の辞書を引くと複数出てきてとまどう人もいるかも知れないが、実はロシア語ではсиний(青(正確には濃紺))とголубой(水色)は明確に違う色で使われている単語も違っているため単に見た目に近い と言っただけの事だろう。

 次がワレンチナ・テレシコワの有名な台詞。
「私はカモメ」もとのロシア語はそのまんま<<Я чайка>>である。
えらく詩的な言葉だが、実はこれは彼女の宇宙船のコードネームで、単に「こちら○号機」みたいなやりとりの言葉にすぎない。とはいえ、当時「カモメのジョナサン」などが流行っていたり、世界初の女性宇宙飛行士と言うことで、ロマンチックな解釈とともに世界中に広まった。最初にコードネームをつけた人のセンスの勝利と言えるだろう。

 次はややプロパガンダくさいガガーリンの言葉。
「宇宙から地球を見たがそこに神はいなかった」これは残念ながら元のロシア語は分からない。ところでこの台詞、ソ連時代にプロパガンダとしていろんな所に広められたが、本当のやりとりは以下のアネグドート(ソ連の政治小話)が真相らしい。なにせガガーリンの同僚レオノフの回顧録が納められている「アポロとソユーズ」の中で、当のレオノフ自身がガガーリン自身から聞いた話として書いている位なのだ。
 


ユーリー・ガガーリンが人類初の宇宙旅行から帰還してすぐにおこなわれた歓迎パーティに、ロシア正教総主教のアレクシス一世が列席していた。「宇宙を飛んでいたとき、神の姿が見えただろうか?」と総主教はユーリーにきいた。ユーリーが「見えませんでした」と答えると、「わが息子よ、神の姿が見えなかったことは自分の胸だけに収めておくように」と総主教は言った。しばらくたって、ニキータ・フルシチョフもユーリーに同じ質問をした。総主教の言葉に敬意を払って、こんどは「見えました」と答えると、フルシチョフは言った。「神の姿が見えたということはだれにも言わないように」
(アポロとソユーズP295より)

 最後にあまり有名ではないが、ガガーリンが宇宙に旅立った時の台詞で締めたいと思う。
поехали !(出発)


2007/3/18追記
愛・蔵太の少し調べて書く日記」によると、ガガーリンの台詞は<<Земля голубая>>の方だったらしい。

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June 14, 2005

今日の本の収穫:ワンポイント書評

 浅草近辺で働くようになって、一番困っていることの一つに大きな本屋さんが少ないと言うことがある。食べ物屋さんや面白いものを売っている店はあれだけあるのに、何故か大きめの本屋さんは浅草駅前の松屋と浅草公園側にあるROXビルの中にしか無いのが残念だ。何にしろ完璧なものは無いと言うことだろうか?
 そんなわけで、最近は週末に大きな本屋さんによって本を買い込むのが習慣になってしまった。本日の成果は以下の通り。
機長からアナウンス
十数年のキャリアの民間路線パイロットの書いたエッセイ集。どちらかと言うとパイロットの日常を通した話を中心にした面白い語り口の話が多いので、つっこんだ技術論や考察を期待するとがっかりするかも知れない(ちょうどAmazonの批評がそんな感じだった)。個人的にはパイロットと言う人種のノリやプロフェッショナルな世界観が見えて面白かった。
POPULAR SCIENCE日本語版
ほぼ毎回買ってる本。特別面白いとか良いとは思わないのだが、日本には科学雑誌が少ないので買っている感じ。どうでもいいが、高城剛のページは原稿料の無駄だろう、中身が無いし。
Casa BRUTUS
 最近聞いて驚いてしまったのだが、今の学生が一番読みかつステータスだと思っている建築雑誌がこのCasa BRUTUSだと言う。本当かよと思わずつぶやいてしまったのは、私が建築を学んでいるときにはそもそもこうした雑誌自体が存在せず、またその後も長い間、サブカルチャー雑誌が物珍しく(建築を)取り上げているだけだと言うさめた見方が主流だったからだ。しかし、ライターや編集部が下手な建築雑誌よりもきちんと勉強して記事を書いている話も聞いていたし、別にそれが評価されるのは不思議ではない。ただ一般人ならともかく建築を学ぼうとしている学生が、これを一番のステータスと思っているのはどういう事だろうか。(ただし私は最近の建築を学んでいる学生と直接接触が無いので、ぜんぜん見当違いの事を書いてるかも知れません)
 話が逸れた。今回の特集の白眉は実は北朝鮮特集だと密かに思っている。それにしてもロシア建築などを知っている身としては、北朝鮮は建築においてもスターリン時代のソビエトの生きた化石なのだなあと痛感させられた。それにしてもあとウン十年後を考えると今回の特集はいろんな意味で貴重なのではないだろうか。 

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June 13, 2005

時間泥棒との攻防

 なんか以前にも同じタイトルの記事を書いた気がするが、最近とみに時間が足りない。最大の原因は一日12時間以上働いていることにあるのは判っているのだが、それにしても以前はもっとゆとりがあった気がする・・・。
年を取ると時間の流れが速くなると言うが、もうそんな年なのだろうか。と愚痴っていても仕方ないので、今の生活で時間を取られている原因をピックアップしてみると、やはりこのblogと語学の勉強そして日常の家事が大きいような気がする。それにしても感心するのはもっと忙しい生活を送っているのに家事もこなし、かつ仕事をしてさらに遊びに行ける時間を捻出している人たちはどうやっているのだろうか?
 これでも家事に関しては一人暮らしが長いのでかなり最適化や自動化を進めて、掃除もロボットがある程度やってくれるしかなり無駄を省いた気がするのだが、それでも休日は下手すると午前中一杯くらいは作業に取られてしまうのだ。まだなにか見逃している無駄が多いのだろうか、それともこうした作業はまとめて1日でやるものではなく、毎日少しずつ片づけなくては池なのだろうか?(それは無理なのだが)
 blogに関しては確かに大したページビューがあるわけでもなく、いったい何のためにやっているのか自分でも判らなくなるときもあるが、これは極東ブログをやられているfinaventさんでは無いが、長い遺言のようなものなのかもしれない。そう自分のlogと言うわけだ。
 語学に関してはある程度諦めている。諦めているというのは時間がかかる事についてである。なにせ、語学の天才と呼ばれたシュリーマンや、14のヨーロッパ系言語と中国語・日本語を純粋に学習によって身につけた女性、ロンブ・カトーさんも著書「わたしの外国語学習法」の中で、一日最低1時間以上は時間を費やさなければ効果がないと断言しているのだ。こうした語学の天才達ですらこれだけの時間を毎日費やさなければならないのであるから、私たちが時間を費やさざる得ないのは当然のことだろう。問題は費やした時間に反して効果が上がっているか疑問な所であるが、これについてはあえて問わないことにしよう。
 と書いてるうちにまた時間を費やしてしまった。昔、占ってもらったときにあなたは激動の人生を駆け抜けるように過ごすので、ゆっくりと人生を振り返る時間はありませんと言われたことがあるが、どうもその占いは当たっているようである。

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June 12, 2005

チーズの小話

 最初チーズの話と言うタイトルにしようかと思ったのだが、とてもそこまで語るほどのチーズの知識を持ち合わせていないので題名変更。
思えば、チーズ・ワイン・ウイスキーやブランデーなどは今でもよく判らない。私が蘊蓄好きなせいもあってこうしたものもはまれば面白いのかも知れないが、いかんせん奥が深すぎて手が出せない。そう思うもう一つの理由は、類は友を呼ぶではないが私の周りにこうしたことを語らせるといつまでも話せる連中がごまんといて、とてもじゃないがこいつらにはかなわないと思ったからである。
 とは言え、不思議と私の周りにはチーズ好きが多いせいもあって(それも女の子が多いのだ)、最近ではちょぼちょぼだがいろんなチーズを食べ比べ始めている。それに映画「ウォレスとグルミット」の中で主人公ウォレスがチーズ好きと言う設定で実に旨そうにいろんなチーズを食べているのが気になっていて、いつかその中に出てくるチーズを食べてみたいと思っていたのだ。
 で今のところ食べたことのあるチーズだが、結構いろんなチーズを食べている事に自分でも驚いてしまった。
ざっと挙げただけでもモッツァレラ、ゴーダ、カマンベール、ゴルゴンゾーラ(ピッカンテ)、ブリーなど多種多様に及ぶのだが、その中で今一番のお気に入りはイタリアのパルミジャーノ・レッジャーノである。
チーズの王様の別名を持つこのチーズは地元ではこれを担保にお金を借りることが出来ると言う代物で、長期間熟成した(2年以上)ものはあらゆるワインや蒸留酒に合わせても、それを高める力があるという逸話がある。確かに逸話通り、つまみとしては絶品でしかもゴルゴンゾーラチーズと違って塩辛さも控えめなので、これとトマトジュースとバケットなどのパンをつまみながらお酒を飲めば立派な食事になる上に、無限に飲めそうな感じである。
 そんなわけで以前しばらくお酒を控えようと書いた舌の音も乾かぬうちに、再び晩酌の酒量が増えつつあるのがこのチーズの唯一の弊害である。

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June 11, 2005

早期警戒衛星に関する覚え書き

以前取り上げた事のある早期警戒衛星に関して新しい動きがあったので少しだけ触れてみる。
まずは最初の話題である、アメリカの早期警戒衛星の情報を日本が利用できるなると言う件について産経新聞の記事を引く。

週明けに米国国防省のミサイル防衛局長のオベリング局長が協議のために訪日する。テーマは弾道ミサイルを探知・迎撃できる日米情報共有の本格協議を開始することである。  現在、海上自衛隊と米海軍のイージス艦同士は「リンク16」で結び、レーダー情報をリアルタイムで共有している。しかし空自の地上レーダーや空中警戒管制機などの「バッジ・システム(自動警戒管制組織)」とは「平時」に限り連結されていない。  空自はこれから弾道ミサイル対策で新型の地上レーダーFPSーXXを全国4カ所に建設することを決めている。海自もイージス艦に高性能レーダーSPY1で警戒している。これらを空・海のレーダー情報を常時連結して、さらに米国の偵察衛星が捉える弾道ミサイル発射の赤外線情報ともリンクさせることを検討するという。  米空軍は横田基地に移転してくる空自の総隊司令部と、「統合作戦センター」を設置する意向を示している。オベリング局長との協議では、そのような日米レーダー情報常時共有化が協議される。

一見すると、前回懸念していたミサイルの発見プロセスについてもきちんと考えられていたような印象を受けるが、実はこの話には落ちがある。その後6/9の共同通信のニュース。

日米両国が2007年度末に配備開始予定のミサイル防衛(MD)の海上配備型迎撃ミサイル(SM3)のため、米国の衛星がとらえた早期警戒情報をイージス艦で受信するシステムを、米政府が日本側への供与に難色を示していることが8日分かった。複数の日米関係筋が明らかにした。  受信システムが供与されなければ米軍経由の間接情報などに頼ることになり、MDの整備全体に支障が出ることは必至。日本側は米国と今後さらに協議を重ねる予定だ。

 なんだかなあというのが率直な感想だが、一番の問題はMD計画などのミサイル防衛計画についての順番がめちゃくちゃだと言うことだ。現在予算がついて曲がりなりにも実用化しているのは偵察衛星のみで、次に進めているのが迎撃システムの中核であるミサイル周りの部分。そして最後が攻撃を察知する早期警戒衛星であり、これは上にも触れたようにまだめどすら付いてないのが実情だ。
 ネット上などのうがった意見では、実はMDは昔のSDI計画のような壮大なブラフで、相手も北朝鮮ではなく中国だと言う話もあるが、こんな状況では本当にそうなのかも知れないと思えてくる。いい加減、宇宙・軍事関係の予算やロードマップも小細工なしでやって欲しい。

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June 10, 2005

浅草のローカルフード

tanpopo_caffe
 最近気が付いたのだが浅草も観光地らしく、ここでしか売ってない飲み物やお菓子がいろいろあるようだ。その中でも揚げまんじゅうや電気ブランなどは聞いたことのある人も多いと思うが、実はそのほかにも色々ある。例えば、電気ブランで有名な上谷バーでは他にもハチワインや浅草ワインなどローカルなお酒を売っていて、浅草の酒屋さんで買うことも出来る。味は赤玉ポートワインのような口当たりのいいかなり甘口のワインなので女の子には受けがいいようだ。また以前書いたようにスイートポテトや芋ようかんも隠れた浅草名物だ
 個人的なHitは写真のタンポポコーヒー。新潟県の会社で作っている飲み物で特に浅草近辺限定の飲み物でも無いはずだが、不思議と浅草以外で見かけたことのない飲み物だ。この飲み物、10年ほど前に蔵前で働く機会があったときにはまってしまって、一時期はあまりの中毒ぶりに箱で買おうかと思ったくらいだが、その後、蔵前を離れるとどこを捜しても見つからずいつしかすっかり忘れてしまった。それが再び浅草のコンビニで再会出来たのである。
 そんなわけで一時期ほどでは無いものの、わざわざ遠回りをしてまで毎日その店で買い物している次第である。それにしても何故、浅草近辺にしか置いていないのであろうか? そういえば以前もコアップガラナにはまったときも、何故か中野近辺のミニストップだけには定期的に置かれていて、わざわざそこで買い物をしてたっけ。
 店長の趣味なのかも知れないが、一ヶ所だけならいざしらず複数のお店に置いてあるのが不思議である。

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June 09, 2005

Intel in Mac

 前から噂に上っていたMacintoshにIntel製CPUが載ると言う話が、ジョブスによって"IIt's true!(それは真実だ!)」。"と肯定された。これについてつらつらと思うところを書いてみたい。とはいえ、既にネット上で様々な考察が書かれているだろうし、詳しい情報は現地のWDC(Macintosh世界開発者会議)に行って来た人たち以上の情報があるわけでもない。だからこれは単なるoldマックユーザーの繰り言とでも思って欲しい。
 今回のニュースだが、私もそれほどいろんな所を覗いてみたわけではないので案外はずしているかも知れないが、古参のユーザーの間ではどちらかと言えば不評な声が多いようだ。それはWintelに対する反発や昔のアーキテクチャーに対する思い入れもあるだろうが、一番の原因はこれまで投資してきた多くのソフト資産をまたバージョンアップし直さなくてはいけないと言う読みからではないだろうか(少なくとも私はそうだ)。Appleでは今回、既存のPowerPC向けのコードをIntel環境下でも動作可能にするダイナミック・バイナリ・トランスレータ「Rosetta」と言うものを発表していて、これまでの資産も問題なく動作するとは言っているものの、昔68MacやOSXの以降の度に苦労してきた古くからのユーザーにとっては単なる気休めにしか聞こえない。もちろん前回同様に今回もある程度の互換性は確保されるだろう。しかし、以前もそうだったようにそれは決してパフォーマンスを保証するものでは無いだろうし、100%の互換性を保証しているものでもない。そして過去の経験から言えば、得てして絶対にバージョンアップしてくれそうもないマイナーなフリーウェアだが、自分にとっては欠かせないソフトに限って動かなくなるものなのである。
 それに今回の流れは私の信念である、全てのものには独占による暴走を防いだり、それが駄目なときに切り替えられる別の選択が必要だと言う。複数の勢力の均衡を常に志向するロードス島戦記の中に出てくる灰色の魔女カーラのような考えから遠ざかるようで残念なのだ。
 とはいえいつまでも愚痴を言ってもしょうがない。なにせジョブス様が言った以上もはや後戻りは出来ないのだ。それに実は複数の選択の余地を残すと言う点でも実は今回の選択は正しかったのかも知れない。というのもスラッシュドットのコメントの中にあった話なのだが、Appleはもちろん実はMicrosoftも特定のCPUメーカーに依存しないように、いざというときはいつでもCPUを切り替えられるように、社内では密かに各CPU用のOSを作っているという話があるからだ。しかも86系のCPUであればわざわざCPU毎にOSを作らなくても、AMDと言う対抗馬が存在するからPowerPCよりもメーカーに依存するリスクはかなり低くなる。そうであれば今回の決定は正しい選択だったと言えるのだろう(余談だが、こうした一つの会社やシステムに依存しないと言うリスクマネージメントは日本ではちゃんと行われているのだろうか?)。後はなるべく早い時期に、すばらしいマシンが出てくることを祈るばかりである。

追記:ゲームセンターに明日はあるの?のページで興味深い見解を見つけたので転載。
要は話が逆で、次世代ゲーム機のチップを作るのに手一杯(もしくはそちらの方がうまみがある)のIBMがAppleを袖にしたのではないかと言う事。確かにこれも筋が通っているしありがちな話だと思う。

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June 08, 2005

変わったお店もそのうち慣れる

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ネタ切れ気味なのでまたもDMC-FX7で撮りためた中からのカット。
石材屋(?)さんの中にある狛犬やおいなり様。浅草には他にもこうしたものを売っている店が何ヶ所かある。
最初に見かけたときには面白がっていたが、だんだん見慣れてそのうち何とも思わなくなってしまった。どこでもそうなのだろうが、たまにメディアやネットで話題になるお店や変わったものも、地元ではみんな慣れてしまって誰もが気にしないと言うことは良くあることだ。そういえば、以前も珍しく舞子さんが歩いているのを見かけたが一番反応していてのは外国人観光客の人だったのを思い出した。なにせ遠くからダッシュでやってきて写真を撮らせてもらっていたくらいである。ちょうどその場に居合わせた私は屈強な外人がこっちにダッシュでやってくるので一時期は何事かと思ってしまった。

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June 07, 2005

書評:ビヨンド

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 近所の本屋で偶然、写真集"Beyond"の日本語版が出ているのを発見した。それにしてもベストセラーでも無い限りこうした本は滅多に普通の書店には置かれないのでこの本屋には感謝している。もしかしたらずっと気が付かなかったかも知れないからだ。
 この本については私の下手な評論よりも2003年10月22日のWiredNewsの記事を読んでもらった方が良いかも知れない。一応簡単に説明するとこの本はボイジャー・バイキング・マゼランなどの様々な惑星探査機が送ってきた太陽系の様々な惑星や衛星の写真を集めた写真集である。その写真もアポロ計画のときの月の写真集「FULL MOON」同様に、今のデジタル技術を駆使して劣化した部分を修正していて、おもわず息をのむようなすばらしい写真になっている。なにしろ本文中にも載っているエピソードだが、かのローマ法王ヨハネパウロ2世がこの中にも掲載された木星の写真を見て思わず「ワオ」と発せられたと言う逸話がある程なのだ。
 最初にこの写真集の話を聞いたときには、こうした本は決して日本では手に入らないだろうと勝手に思っていたのだが、それが日本語で読めるとはまだ日本の出版界も捨てたものでもないのだろう。

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June 06, 2005

再びロシア語で会話する

 前回に続いて再びロシア語で会話する機会がやってきた。しかも今回の相手の方は日本語も英語も通じない方である。それにしても不思議なのはこんなマイナーな言語を学んでも、普通に生活している分にはおそらく一生使うことはないと思っていたのに、ここ2月ばかりで2回も話す機会があったことだ。アニメや漫画の中の超能力ものではないが、それを使うもの同士は引きつけ合う何かがあるのだろうか?
 今回のシチュエーションは新宿のパン屋さんで朝食を買っていると、ロシア人の母子がたまたま買い物をしていて、内心「うあ、子供の話すロシア語は何言ってるんだか全然判らない」と思っていたら、どうやらレジのところで何か聞きたがっている様子。レジの人も困っているみたいなので、話を伺ってみるとパックの飲み物の中身を知りたがってるとの事でした。そこで颯爽と通訳出来ればかっこいいのですが、パッケージを見ると「カルシウム入りヨーグルトドリンク」とある。これはさすがにロシア語では説明は無理だとおもってВЫ говарите по-английский?(英語は話されますか?)と聞いてみたのだが英語は分からないという事なので何とか四苦八苦して伝えました(と言うか相手の質問にДаやНетで答えていただけというのが実情だが)。それにしてもちゃんと伝わったんだろうか? 未だにちょっと心配だ。
 悔しいので今考えてみると「カルシウム入りヨーグルトドリンク」だから「〜入りの」の前置詞сを使ってйогурт с кальцийとなるのだろうか。それにしても痛感するのは、普段は知ってるつもりでもいざとなると言い回しや単語が出ないなあと言うことである。まだまだ修行が足りないようである。

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June 05, 2005

"RiWorldBegin"ここで世界を構築する

また日記のような話。最近は平日忙しい分をすべて休日にこなしている分、妙に時間の流れが速いような気がする。おまけにAmazonで買った本が山のように届いたので、よせばいいのについ読みふけって時間を費やしてしまった。今回の戦果は以下の通り。
二十一世紀の資本主義論
教科書に載らないニッポンのインターネットの歴史教科書
タタキツクルコト

 ところで最近は社会学と経済関係の本を読む割合が増えてきた。昔の自分の興味からはまず考えられない事なのだが、これも自分なりに考えてみると根っこの動機は同じ「世界の仕組みに対する興味」から来ているのだと思う。つまり、昔の自分が読みふけっていた科学分野の本が直接世界の仕組みを扱っているに対し、社会学や経済は我々を取り巻く人間が作り出した世界の仕組みを対象にしていると言う違いはあるものの、共に自分の周りの世界はどういう仕組みで動いているのだろうと言う点では同じだと言うことなのだろう。
 思えば自分の興味はずっと世界のあり方と、自分だったらここはこうするのにと言う2点にあったのかも知れない。しかし、実際に仕事なりでいろんなものの仕組みを考えるとなると、想像以上に難儀な上に全体のシステムの整合性が必ずしも個々の利益や幸福に結びつかない、また逆に個々の益を追求してもなかなか全体の整合性とうまく折り合いが付かないものである。そんななか仮想空間とはいえ、世界すべてを構築できるCGに魅力を感じたのは当然のことだと言えるだろう。今でも印象に残っている事の一つに、CGシーン記述言語"RenderMan"のプログラムの冒頭の宣言"RiWorldBegin"(ここから世界を作ることを宣言する)がまるで神の言葉のごとく感じられたのを覚えている。これで自分も神のごとくと言うのは大げさだが、自由に世界を構築出来のだ!
 まあ実際には例えバーチャルな空間といえどもメモリ量やもろもろの都合ですべてを自由に構築できるわけはないのだが、当時CGはまだ海のものとも山のものともつかないものだったが、そんな訳でテンションだけは妙に高かったのを覚えている。そして今や益々CGやバーチャルな世界はリアルになりつつあるが、いつの間にか現実世界程では無いものの様々なしがらみが(主にスケジュールと予算ではあるが(笑))世界を自由に構築するのを阻んでいるのに気づかされるのである。

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June 04, 2005

睡魔との戦いの記録

 最近、どうも体内時計がおかしくなっているらしく夜寝付きが悪い割に、昼間やけに眠くてかなわない。一時期は寝酒代わりにウオッカ(ストリチア)を飲んでいたものの、アルコールは睡眠薬としてはかなり劣悪な部類に入るので、そのうち効き目が怪しくなってきたのでやめてしまった。あずまひでお氏の「失踪日記」中のアル中編のエピソードにもあるようにアルコールは量や飲んでいる期間がある限度を超えてしまうと、かえって眠りを妨げる性質があるからだ。(それくらいだったら睡眠薬を使った方がずっとましである。)
 それでも寝る方は、ハーブティー(カモミール)を試したり色々やったおかげで改善しつつあるのだが、困ったのは昼間の眠気の方である。それにしても昼間あんなに眠いのにどうして夜になると目が冴えてしまうのだろう。
 前置きが長くなったが、そんなわけで眠気覚ましを久しぶりにいろいろ試してみることになってしまった。こんな事は高校や大学受験期以来である。当時は若かった事もあり思えばずいぶん無茶な事をやったものだ。例えばメンソレータムを顔に塗ってみたり、(座ると寝てしまうので)立ったまま勉強したり、一番効き目があってかつ無茶だったのは真冬の2月に窓を全開にして勉強したことだろう。これは効果は絶大で眠さが吹き飛んだものだが、今から思えばよく風邪を引かなかったものである。また、仮にそこで眠くなっていたらきっとこの世にはいなかったに違いない。
 そういえばその後、社会人になってむちゃくちゃ忙しくて2徹3徹したときは不思議と睡魔と死闘をした記憶がない。それくらい仕事がテンパっていたと言うのもあるし、徹夜を繰り返すと脳内麻薬が多量に分泌されるのか、ある境を越えると不思議と眠くならないのだ(そこを越えるとやばいのであるが)。
眠気覚ましと言えば知人の職場で何日も徹夜が続いて現場がぼろぼろになっていたにも関わらず、偉いさんが見えると言うことで一本数千円のドリンク剤が支給されたケースがある。なんでも一本数千円を超えるこの手のドリンク剤は本当に眠気や疲れに効くらしく、一時的にとても元気になるそうだ。あまりに良く効くのでその友人曰く本当にやばい成分が入っているんじゃないかと言っていた位だが、うまい話は無いもので薬が切れた後の反動はすごいものがあるらしい。
 こうしてみると眠気覚ましの方法はいろいろあるもののどれも体に悪そうだ。やはりさくっと昼寝をするか、そもそもそうした事態に陥らないようにするのが一番良いのだろう。だがこうしたことは判っていても出来ないのが悩ましいところである。

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June 03, 2005

書評:アポロとソユーズ

4789724522アポロとソユーズ-米ソ宇宙飛行士が明かした開発レースの真実
 もともと宇宙関係の書籍はあまり話題になるものではないが、内容の割には話題に上らないのはもったいないと思ったので少しここでも取り上げたい。
 この本、副題にあるように冷戦時代を中心に1950年代から1980年代にかけての米ソ宇宙開発競争をそれぞれアメリカ側とソビエト側の宇宙飛行士(ディヴィド・スコット氏とアレクセイ・レオーノフ氏)の視点から書いたものである。2人の立場は微妙に異なるものの、長年にわたって米ソの宇宙開発の中枢にいた飛行士として、ジャーナリストの取材では触れることの出来ない当事者としてのエピソードに満ちている。特にソビエト側のアレクセイ・レオーノフ氏の話は、既に公表された事も多いとはいえ、まだまだこれまで知ることの出来なかった様々な話がたくさんあり、資料としても貴重なものといえるだろう。また2人とも長年のキャリアを誇るだけあって、米ソ宇宙開発史としても一流の内容になっている。また現役の宇宙飛行士だったからこそ書ける、同僚達の人柄も様々なエピソードを交えながら血の通った仲間として書かれていて、歴史上の人物や偉人ではなく身近なだが賞賛に値する人間として彼らを感じることが出来るだろう。ただ惜しむらくは完全に2人の視点から当時を振り返る形で書かれているので、ある程度の予備知識がないと理解できなかったり物足りない部分があるのは残念である。宇宙開発にあまり詳しくない読者の為にももう少し脚注を増やしてもらえるとさらに良かったと思う。
 また宇宙開発以外の話で興味深いのは、最初は互いに相手国に対する敵意を不信感をむき出しにしていたのが、互いに相手の宇宙飛行士とふれあう機会を持つにつれ、相互理解を深めていく様である。この手の話は多数あるものの、実際のエピソードを交えながら双方が歩み寄っていく様は読んでいて感動的である。

 最初は2人の話がバラバラに書かれていて、読みにくそうな印象を持つかも知れないが、いつしか米ソの宇宙開発が協力するようになるにつれ2人の話は巧みに繋がってきて、最後のアポロソユーズドッキングプロジェクトあたりでは、夢中で読みふけってしまった。最初の取っつきの悪さや見た目のボリューム(全540ページ)に気圧されずに手にとって欲しい1冊である。

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June 02, 2005

アルゴリズミックビューティー

 あまりここでは単なる他のサイトの紹介のような事を書くつもりはないのだが、久しぶりに昔の血が騒ぐページを見つけたので、たまには紹介ネタを書いてみることにする。

GALLERY of COMPUTATION
jave appletで生成されるコンピューター処理による芸術作品群。時代が進んだなと思うのはかつてはこうした作品も生成するのには膨大な時間が掛かるので、出来上がった画像を紹介するしか無かったのが、今では生成プログラムごと掲載されて見るたびに違った作品を作り出せるようになっていたことだ。しかもそれがjavaである程度プラットフォームの制約を受けずにいろんな環境で動くのだから驚きである。

showcase(java applet)
同じカテゴリーで画像やアニメーションを楽しむためのプログラミング言語と環境のページの中からいくつか出来上がった作品が掲載されているものを紹介する。これなどゲームなどが簡単に作れそうなものだが、アート作品が多いのが興味深い。

そういえば日本だとFlashによるショートアニメーションが沢山作られていているが、内容は私の知る限りでは1発ネタやミニゲームなどが多いようである。これなども国毎にどんな傾向のものが作られているか調べてみると面白い事が分かりそうである。

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June 01, 2005

ハーブの話

 最近、寝付きが悪いので大家さんからもらったカモミールでハーブ茶などを寝る前に飲んでいる。ところでこのハーブだが、元は自生していただけあって思ったよりも簡単に育てられる事を知っているだろうか。
 かつてバジルやデイルなどを栽培していて、いまもデイルを鉢に育てている身にとっては、たまにスーパーなどで一束100円で売られているのを見ても、どうしても高いと言う感じがぬぐえないのである。まあそれくらいハーブを育てるのは簡単なのだ。特に今育てているデイルなどは寒さにも強い分お手軽だ。なにせ、どこかで種がこぼれたらしく庭の一角に雑草に混じって勝手に自生し始めた位である。とはいえハーブの種類(バジル)によっては寒さには弱いので全く気遣い無用と言う訳ではないが、それでも水やりと温度の2点さえ気をつければまず大抵のハーブは問題なく育ってくれる筈である。むしろ、下手に庭などに植えるとあまりに育ちすぎて手に負えなくなることさえ有るので注意が必要なくらいなのだ。現にローズマリーなどはあまりに元気に育ちすぎるので温暖地では垣根代わりに使われているくらいである。
 さてこうしたハーブであるが、どのように食卓で使ってるだろうか。ハーブティや料理に入れると言った定番的な利用法はもちろん。山のように取れるようなら思いきってお風呂に入れてみると言うのも贅沢でいいかも知れない。私のお薦めは飲み助らしくもちろんカクテルだ。それも香り付けにちょろっと入れるような使い方をするカクテルではない。山のようにハーブを使う「モヒート」が一番のお勧めである。
 このカクテル、キューバーでは昼間から客人を歓迎するために飲まれていると言うカクテルで、おおざっぱに作れる割には香りも味も絶妙の一品である。その作り方であるが、まず大きめのボールなり器にフレッシュなミントをたっぷり入れて、これに黒砂糖(沖縄の三温糖など)を作る分量に応じて入れる。これにフレッシュライムを加えた後、すりこぎなどでよく混ぜてつぶし、これに氷と炭酸水をお酒(ハバナ産ホワイトラム)を1:1になるように注げば出来上がりである。これから来るムシムシした昼下がりにでも、仲間内と集まって飲めばきっと病みつきになること請け合いである。

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