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July 07, 2005

ゲームは物量戦にあらず

 最近直面している問題に、ゲームの物量戦化の問題がある。要は「もっとポリゴンを,もっとムービーを,もっとステージを,もっとアイテムを,もっとキャラクタを……」というやつだ。そんな訳で、今も大量の素材づくりに追われているのだが、こうした物量戦化についての問題点を的確に指摘した記事を見つけたので紹介したいと思う。かなり長いので覚悟して読んで欲しい。

Radium Software Development(http://www.radiumsoftware.com/index.html) 「Rants」(日記ページ) より

040528 - Audience Engineering (2)
ゲームデザイナ Chris Crawford 氏は, "The Journal of Computer Game Design" の Volume 6 (1992, 1993) の中で,次のような記事を執筆している。題名は "Audience Engineering" −「観衆工学」だ。

http://www.erasmatazz.com/library/JCGD_Volume_6/Audience_Eng...

少し長い文章ではあるけれど,述べようとしている内容は一言にまとめることができる。すなわち,「我々の顧客は,己の欲するものを知りえない」という主張だ。
 ある種の市場においては,顧客は己の欲するものに関して完全に明確な考えを得ている。コンピュータを買い求めようとしているプログラマは,そのスペックを正確に指定することができるだろうし,腹を空かしてレストランに入ってきた客は,メニューの中にある最も良さげな品目を即座に決めることができるだろう。
我々は「情報」を売っている。しかもそれは特殊な種類の情報 −娯楽のための情報だ。このことは,我々に対して他の多くの市場とは異なった事情をもたらしている。物質的な商品に対しては,顧客は同一性を求め,情報に対しては,顧客は違いを求めるのだ。例えば,私が車を買うと決めたら,既に持っている車よりもちょっと良いだけの,ほとんど同じものを求めるだろう。そのとき私は,「驚異的な飛躍を遂げた全く新しい種類の車」を欲しがったりはしない。それしか選択肢が無いのであれば買うかもしれないが,躊躇しながら購入することになるだろうと思う。
しかし,これはゲームには当てはまらない。 "Balance of Power" (Crawford 氏の代表作)を所有していながら,それを再び買おうという人が果たしているだろうか? 私は過去に3台のホンダ・プレリュードを所有してきた……私は "Chilis" のチキン・サンドイッチを何十個も食べてきた……私は十数本ものリーバイスを購入してきた……しかし,私のこれまでの人生において,自分のために同じゲームをふたつ購入したことは,いまだ無い。
これは,市場に存在する商品としての「情報」に関して,根幹を成している属性だ。「情報」が何らかの価値を持つためには,顧客が既に有しているものに対しての違いを持たなければならない。我々は,いかなる「情報」も,そのふたつめのコピーを売りつけることはできないのだ。我々は,「新しく」かつ「異なる」ものを提供しなければならないのだ。
 Crawford 氏の主張は次のように続けられる。
観衆は,どのようにして己の「新しく,かつ,異なる情報」に対する願望を知りえるのだろうか。物質的なものであれば,己の願望を言葉にすることは簡単だ。私はもっと新鮮なバナナが欲しいのであり,もっと速い車が欲しいのであり,もっと大きなテレビが欲しいのだ。しかし,どのようにすれば「違い」を言葉にできるだろうか?私が物質に対して行うフィードバックは発展的なもの(「もっと新鮮な」,「もっと速い」,「もっと大きな」)であったが,これが情報に対してとなると,根本的な否定(「私がいまだ持っていないもの」)となる。果たして,そこに無いものを表すことなどできるだろうか?ゆえに,顧客は正当であるとは言えない……彼らは,己の欲するものを知りえないのだ。
 ゲーム産業は,この問題に関して正しい理解を得ることに失敗している。正しく理解する代わりに,顧客が口にする願望に応えることによって,この問題に対して発展的なアプローチをとるべきであると考えてしまっている。常に程度の問題としてしまうのだ。「もっと新鮮に,もっと速く,もっと大きく」ではなくて「もっと色を,もっと画像を,もっと音を」……これは 1980 年代におけるアタリ社の宣伝文句であるが, 12 年経った今となっても,我々の最重要戦略を的確に表している言葉である。
 産業が常に「カメラの再発明」を迫られている理由のひとつを,これによって説明することができる。すなわち,娯楽は常に変化を求められているのであり,観衆の願望を満たすためには,その製品が以前までのそれとは異なることを主張できなくてはならない。
 しかし,観衆や制作者の多くは,内容の発展的な変化によってしか,己の願望を言い表すことができないでいる。「もっとポリゴンを,もっとムービーを,もっとステージを,もっとアイテムを,もっとキャラクタを……」。その発展は,観衆の願望を根本的に満たすものではないにも係らず,観衆の期待に応えるという名目の元に,そのような方向性での制作が続けられてしまう。
 本当に観衆の願望を満たすためには,良い意味で観衆を裏切らなくてはならない。しかし,逆にそういった裏切りが観衆を遠ざけてしまうのではないかという恐れから,ますます本来作るべきものを作れなくなってしまっている。 Horneman 氏が「カメラの再発明」という文脈の下に危惧している状況は,そこにあると,僕は解釈している。

 読んでもらえば判ると思うが勝手に私なりにまとめさせてもらうとポイントは2つあると思う。
一つは本文にもあるように、これまでにない○○と言う要求はすなわち「我々の顧客は,己の欲するものを知りえない」ということ。そしてもう一つは残念ながらこれまでにない○○(今回で言えばゲーム)を要求しているのに対し、作り手側も本当に新しいものを作ることが出来ずに単に物量を増やしてさも新しいもののように売っていると言うことだ。
 しかしこの問題は残念ながら分かってはいるものの、解決しづらい難問でもある。竹熊さんのblog「竹熊日記」の中にあるアイディアのつくり方の中に書かれていたキューブリックの苦悩にもあるように、本当に見たことのないものを作るのはとても難しい事だからである。
 さらに残念な事にこれはゲームだけに当てはまることではない。あらゆる娯楽についても当てはまる事なのである。

 かくして私たちの周りには、同じ小説から何度も映画化された作品が上映され、どこかで見たようなキャラクターがどこかで聞いたような台詞をしゃべり続けるのを何度も見せられることになっているのではないだろうか。

7/8追記:セイファートさんより興味深いトラックバックをいただいた。詳しくはトラックバック先を読んで欲しいのだが、簡単に言うと「新しく斬新なものを作る」が仮に出来たとしてどうやってその「斬新なもの」の遊び方なり使い方をユーザーに伝えるかと言う問題があると言う指摘である。
 確かに言われてみればそれもやっかいな問題で、ゲーム以外にも最近の携帯やソフトにも当てはまりそうな話である。そういえば携帯を買い換えるたびに驚くのは年々マニュアルが分厚くなっていくことだが、いったいだれが読んでいるのだろうか。
 そのせいだろうか、最近のゲームではシナリオの最初の部分はほとんどチュートリアルで占められるものが多くなったと思う。特に難易度の高いシミュレーションゲームともなると、下手をすると本編にたどり着く前に息切れしそうな分量だ。これもこれまで書いた問題に対するメーカーなりの対応だとは思うが、もっと巧い手がないものかと思っている。(残念ながら自分でも見つかっている訳ではないが)。

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