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July 08, 2005

散歩カメラの大きさ

 最近気づいてちょっと愕然としてしまった事の一つに、以前、自分で嘆いておきながらフィルムをほとんど使わなくなった事がある。そう、最近持ち歩いているカメラはどんどん小さく簡便なものになり、とうとうPanasonicのDMC-FX7になってしまった。これはこれで便利でいいデジカメなのだが、曲がりなりにも写真でお金をもらったり、一時期4×5の大型カメラで街を撮っていた自分としては、どうも堕落したような気がしてならない。
 かといって人間一度楽なものを覚えてしまうと戻るのは難しいようで、仕事でも無い限りとてもじゃないが散歩に大きなカメラを持ち歩く気にはならなくなってしまった。これでも昔は散歩にスピードグラフィックを持ち歩いていたのに、いまやRobotですら重く感じる始末である。
 自分ですらこの有様なのだから、多くのメーカーがフィルムの生産をやめるのも当然なのかも知れない。
 それにしても周りを見回して思うのは、相当なカメラ好きでも年をとるにつれて日常で持ち歩くカメラが小さくなっていくことだ。特に時代が進んでカメラの小型化が進んだせいもあるだろうが、それよりも大きいのはだんだん体力や気力が衰えて大きなカメラを持ち歩くのがしんどくなる事の方が大きいのだろう(そんな年でもないのに)。年上のカメラ好きの方がそんなことを言って小さなカメラを持ち歩くようになったときには内心「なに年寄り臭いことを」と思ったものだが、気が付くと自分も同じような事を言って小さなカメラになってしまった。
 かの田中長徳氏のエッセイ「中版大判パノラマカメラ」によるとカメラマン石元泰博氏は今でも徒歩で8×10と言う超大型カメラを車も使わずに持ち歩いて写真を撮っているそうだが、われわれへなちょこカメラ好がへなちょこのままなのはこうした気骨が足りないからなのかも知れない。

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