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January 10, 2006

旧ソ連共和国の核兵器の行方

 1991年にソ連が崩壊したさい、ソ連が保有していた膨大な核兵器は新たな4つの共和国(ロシア・ウクライナ・カザフスタン・ベラルーシ)に残されることになった。国際社会、特にアメリカはこれらの核兵器の行方に注目した。ソ連崩壊の混乱が続く中、大量破壊兵器の入手をねらっていた国々やテロリストにとってはまたとないチャンスだったからである。また、ソ連は各共和国内に配備した核兵器に関しては最後までコントロール権を手放さず、新たに独立した各共和国はこれらの運用・発射権限を得ることは出来なかったものの、それが領内にとどまる限りいずれはコントロール権を各共和国が手に入れる危険性は残っていた。
 こうした事態に対し、国際社会特にアメリカは素早く対応した。途中何回も危機があり、方針も右往曲折があったものの、最終的には非ロシア諸国の核兵器を全てロシアに返却し、旧ソ連との間で結ばれていたSTART-1を引き続きロシアとの間に適用する事で合意がなされた。各共和国は今回の独立が再びロシアに脅かされることを恐れ、その抑止力として核の保有を試みたものの、間にアメリカが保証する形で入ったうえで、かつ膨大な財政的・技術的支援をすることでこのプログラムは実行され、最終的に非ロシア共和国内にある核兵器や大量破壊兵器はロシアに返却されたり廃棄処分され、非ロシア共和国内からこれらは一掃された。(それでもこの混乱で一部の核は行方が分からなくなっている。詳しくはこちらを参照)
 こうした費用の為アメリカはナン—ルーガー法を制定し旧ソ連の大量破壊兵器の解体・廃棄支援のために総額12億ドルを計上し、そのほかに米国・ロシア間で防護ブランケット、緊急時対応装置、核分裂性物質コンテナなども供与したという。またこれ以外にも解体にともない生じた高純度ウランやプルトニウムを向こう20年にわたって購入すると言う「核兵器解体に伴う高濃縮ウランの処分に関する米国およびロシアの政府間合意」も締結している。

 このようにソ連崩壊時には大量破壊兵器の流出を避けるためアメリカは積極的に介入し、かつ膨大な財政的・技術的支援を行った。振り返って現在、同様の問題が隣国の中国で発生する危険性が指摘されている。国内のネットや雑誌ではこれを期待するかのような議論が雨後の筍の如く出現しているのを見るが、果たしてこうした議論の論者は中国崩壊時の核や大量破壊兵器に対して、当時のアメリカ並みの展望と(財政支援を行うだけの)覚悟をもっているのだろうか?

参考資料:ミサイル全書/小津 元 著(新紀元社)
原子力百科事典 ATOMICA

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