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September 26, 2006

教育格差の放置は民主主義の崩壊を招くだろう

 先日、インプレスのPC Watchに掲載されたアラン・ケイ氏へのインタビューは予想通りすばらしい内容で技術系Blogや掲示板で結構話題になっていたようだ。その中で特に私が興味深く同感できると思ったのは以下のフレーズである。テーマが科学的リテラシーや教育論になったときのコメントである。

--少数の創造的な人がいるだけだったらどうだろうか。

 それは民主主義にとって破滅的だ。一般教育を行なう主な理由の1つはまさに、有権者がさまざまな問題で同じ会話ができるようにするためだ。そうしなければ職業訓練校やギルドの昔に戻ることになる。

これはまさに今の民主主義の根幹が何かを指摘している発言だと思う。これまで格差論の議論で出てくる「格差があって何がいけないのか?」と言う意見に対して不快感は感じていたものの、では何がいけないのか明確に言えなかったのが、この一言でやっと答えが見つかった思いがする。そう、結局のところ民主主義を行っている限り、国民が愚かでは話にならない。愚かな政策が行われる可能性が高いし、それを避けるために独裁的な手法がまかり通ることになれば、今度は民主主義自体を破壊して社会全体の退行を招いてしまうからである。

 しかし現実には日本の教育システムは格差を増やす方向に進んでいる。現状で日本の公教育に掛ける予算の割合は先進国では最低レベルの状態であり、阿部政権が教育問題を最重要項目に取り上げたものの、打ち出される政策はどうにもだめそうなものばかりが目につくありさまなのだ。

追記:懸念していたとおり教育再生担当の首相補佐官は山谷えり子、官報副長官は下村博文に決まったらしい。山谷えり子氏は、男女共同参画社会は、伝統的社会を破壊し社会不安を煽るための一部勢力の陰謀であると雑誌「正論」(産経新聞)で語ったり、統一教会系の日刊紙世界日報でこれまで自分も推進していたはずの夫婦別姓に慎重な姿勢を表明したと言う経歴を持っている人物である。また下村博文氏は市場原理による学校自由化と愛国心や宗教教育を重視する教育基本法改正のいずれにも積極的な人物で、これでは教育改革は期待できないだろう。

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Comments

はじめまして。検索をしていて流れ着きました。
私も格差が何故いけないかという問いに、具体的に応えられないことに歯痒く感じてましたが、これではっきりしました。
民主主義という制度をとっている限り、投票する人間の質を維持しないといけないんですね。

Posted by: np | December 11, 2006 at 12:42 AM

はじめましてnpさん。言われてみれば当然のことなんですけど、言われるまで気づかないものですね。それにしても政治家や官僚の方々がこのことを分かっているかが気がかりです。

Posted by: doku(fukuma) | December 11, 2006 at 01:33 AM

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