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December 17, 2006

今のロシアはどうしてこんな国になったのか

 ネット上で秀逸な記事を見つけた。記事はポロニウム殺人事件で浮き彫りになったプーチン政権とベレゾフスキー一派の暗闘の背景となったソ連崩壊からプーチン政権のロシアまでの流れを解説しているのだが、これが非常に分かりやすい。そんな訳で単なる紹介になるがちょっとクリップしておこう。

太田述正コラム:1565ベレゾフスキー対プーチン(その1)
太田述正コラム:1567ベレゾフスキー対プーチン(その2)
太田述正コラム:1568ベレゾフスキー対プーチン(その3)
太田述正コラム:1569ベレゾフスキー対プーチン(その4)

以下は印象的なフレーズのダイジェスト。

 要するに、当時の米国民は、落ちぶれ、人口が半分に減少したソ連とでも言うべきロシアを、一挙に米国流の自由民主主義と資本主義の国へと作り替えるべく、上も下も、はち切れんばかりの善意を持って、ロシアに押しかけ、全く意図せざる結果として、ロシアを壊してしまい、ロシアの大部分の国民に塗炭の苦しみを与えてしまった、ということなのです。

 (その結果)当時のロシアでは、国民の75%が貧困水準以下か貧困水準ぎりぎりの生活をしており、学齢期の子供の10~80%が肉体的ないし精神的欠陥を抱えていました。また、男性の平均余命は60歳未満にまで落ち込んでしまっていました。

 こんな思いをさせられた大部分のロシアの国民が、自由民主主義と資本主義そのものに幻滅し、ソ連時代を懐かしみ、かつ、自分達がひどい目に遭っていた時に、我が世の春を謳歌していたオリガーキーらに憎悪の念を抱くに至ったことは、当然と言えば当然でしょう。  だから、大部分のロシア国民は、自由民主主義を骨抜きにして強いリーダーシップを発揮し、ベレゾフスキー等のオリガーキーにリースしていた旧国家資産を国家の手に取り戻して国家資本主義的体制を構築するとともに、これらオリガーキーを収監、あるいは追放したプーチンに拍手喝采を送ったのです。

 (そして実現した)プーチンのロシアは、建前上は自由民主主義を掲げつつも、その実態は、諜報機関が支配する高度な中央集権国家であり、まさにジョージ・オーウェルの「1984年」を具現化したような社会なのです。

関連番組:再放送されるか分からないが全く同じテーマを扱ったNHK BSの番組を紹介しておこう。
ロシアの新興財閥 繁栄と没落の軌跡

また同じテーマを扱った本として佐藤 優氏の「自壊する帝国」もお勧めしておく。こちらは実際に外交官として当時のソ連・ロシアを内部から見た壮絶な体験記である。

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