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February 17, 2007

「言論の自由」が死ぬもう一つの理由

 最新号のCOURRiER Japonの特集は世界的に広がる“格差社会”とトルコ・ロシアで相次いで起こったジャーナリストの暗殺だった。その中でも特に気になったのが後者の特集だ。トルコの場合は殺された理由がアルメニア人虐殺問題だというのが、日本の南京大虐殺問題を連想させて気がかりだし(注1)、ロシアの場合はアンナ・ポリトコフスカヤさんが殺された後も着々と言論弾圧が進む背景に、国民がそもそも社会問題を告発するメディアを見なくなったと言う問題が示唆されているからである。
 特にロシアの問題は日本に当てはまりそうなところが多そうなのが気がかりだ。例えば今やロシアでは政治闘争番組は殆ど見られなくなったという。その多くが娯楽番組に変わってしまったからであるが、最初にそれが起きたのが単なる視聴率目当てなのか国家の介入かは別にして、それによりますます「娯楽以外の番組の視聴率の低下→報道番組の減少」と言うスパイラルに陥ってしまっているのが問題なのだ。さらに深刻なのはこれがTV以外でも起きていることである。ロシアのラジオ「モスクワのこだま」は政府系企業「ガスプロム」に資本の65%を所有されているものの、未だ国内でもっともリベラルで、プーチン政権の批判さえいとわないラジオ局として知られている。そして政府から圧力が掛かった事すらないのだが、それは今では一部のインテリや政治好きしか聞かない状況でもはや何の影響力も無いからだと言われているのだ。
 振り返って今の日本はどうだろう。「崖っぷち犬」が大ニュースとして報道され、「あるある大辞典」で流れる品が瞬く間に店頭から姿を消す日本。ネットでは深刻な社会問題がたまに告発されても、マスコミでは決して報道されない日本。この国の言論も同じように緩慢な死に向かって進んでいるような気がしてならない。


注1:トルコではオスマントルコ時代に行われたアルメニア人に対する虐殺は大きなタブーとなっている。トルコ政府はこの問題を否定し続けており、アルメニア政府が主張する死者100万人と言うのは誇張で、多くても30万人それも戦闘中の犠牲者で虐殺には当たらないと主張している。なおトルコではこの虐殺を肯定するものは刑法301条の国家侮辱罪に当たるとされている。(補足するとこれまでは刑法301条で起訴されることは殆ど無かった)

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