« November 2007 | Main | January 2008 »

December 31, 2007

宇宙の傑作機「スプートニク」を入手した

Sfots_sputonik

 「宇宙の傑作機」と言う同人誌がある。同人誌と言っても侮る無かれ、作家人は松浦晋也氏や江藤巌氏と言った第一線で活躍している人たちなのだ。そんなわけで内容も立派なもので、ただ書店に出すほど部数が見込めないから同人誌と言う形態を取っているに過ぎないのである。そもそのこの「宇宙の傑作機」と言うタイトル自体、「世界の傑作機」の版元から許可を得てその宇宙機版として書かれているのだ。(とは言え、許可は似たタイトルを使うことだけで、この本と「世界の傑作機」には直接の関係は何もない)
 前置きが長くなった。そんなわけで今回も手に入れた「宇宙の傑作機」は世界最初の人工衛星スプートニクの特集である。とは言え内容はそれにとどまらず西側諸国からいわゆる「スプートニク」と呼ばれた機体は軒並み取り上げたボリュームのある内容だ。それにしてもここで書かれている内容で驚かされるのはソ連は人工衛星打ち上げ前から、目標を有人衛星に定めて着々と準備を進めてきた事だ。米ソ宇宙開発競争で急ピッチで進んだように見えた、初期の宇宙開発が初めてな事ばかりなのに一見スムーズに進んでいるように見えたのは、こうした目標とそれに向けた地道な開発だったのだ。いや、だからこそソ連はアメリカから大きくリードを奪ったのだろう。目標の設定とそれに向けた地道な計画の重要性を改めて痛感させられる話しである。
 振り返って今の宇宙開発はどうだろう。何処も明確な目標を持てず、ましてや長期計画でそれを進めることも出来ない現状が、今の宇宙開発の停滞を招いているのではないだろうか。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

自転車のホイールが届く

Wheel

 年末ギリギリに注文したので、年内には間に合わないと思われた自転車のホイールが今日無事に到着した。実は自転車を組むに当たってホイールは最後に填めれば良いだろうと高をくくっていたのだが、それは大きな間違いでこれがないとシートの高さもギアのセッティングも何も出来ず、えらく困っていたのである。それにしても宅急便屋さんは年末年始も休み無しで大変そうだ。
 さてホイールの方だが、こちらは至って普通の外観のものである。実は半分以上見た目に釣られてCampagnoloのZONDAなどを当初注文したのだが、幸か不幸かどこのショップも品切れで年内には間に合わないと言われて、急遽ワールドサイクルのショップオリジナルの手組フレームを注文することにしたのである。だが注文してみるとこれはこれで悪くない。見た目はオーソドックスであるものの、ホイールを構成する各パーツレベルまで自由に注文できるので、かなり「オリジナル感」が堪能出来るのがいいのである。そんなわけで構成もDURAACEのハブにMAVICオープンプロのリムを使い、後はひたすら軽量化を狙って細めの1.8mmのスポークとアルミニップルで組んでもらった。注文後になって更に軽量化出来る組み合わせを見つけたのだが、これはこれで良いだろう。ちなみにタイヤはかなり奮発してMICHELIN PRO 2 RACEを使う予定だが、これはこのタイヤが一番リムにはめやすいと言う話しを聞いたからでもある。いや、実際新品のタイヤをホイールにはめるのは(タイヤが堅くて)エライ大変な事なのだ。なにせ最近も2chの自転車版でこんなネタになっていた位なのである。

53 :ツール・ド・名無しさん:2007/12/24(月) 22:55:49 ID:???
おまいら、この時期に峠とかの出先でパンクして、修理しようとしたところ、
タイヤの異常な固さのためにタイヤレバーが折れて、修理できなくなったら、
生死にかかわりますよ。
誰も来ない峠で、震えながら、寒いよー、寒いよ、ママンとか小声でつぶやきつつ、死んでいくのですよ。
それでもいいのですね。そうなんですね。バカどもが。

55 :ツール・ド・名無しさん:2007/12/24(月) 23:03:52 ID:???
>>53 いやこれはマジで冗談じゃないよな。
うっかりレバー折ったりしたらどうすんだとか思う。
多少頑張れば手ではめられるレベルならともかく、
外すのですら折れそうな奴とかだと、直せなくなる可能性すらある。
峠でやらかしたらほんとに終わりだ。

56 :ツール・ド・名無しさん:2007/12/24(月) 23:11:56 ID:???
数日後に発見された遺体は、圏外表示の携帯電話と、折れたタイヤレバーを握り締めていたのでした。
折れたタイヤレバーで修理しようとしたらしく、リムには相当な傷が付いていたとのことです。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

December 29, 2007

2台目の自転車のフレームについて

 買ってから調べるというのも何だが、2台目のフレームのスペックが判明した。てっきり外見やブランド(InterMax)からアルミフレームだと思っていたこのフレーム、実はInterMax初の(そして2年ほど前に廃盤になった)EOMと言うクロモリ素材を使ったフレームだった。
 だがどう見ても外観は今風のアルミフレームの外観だし、InterMaxと言うとアルミやカーボン素材で有名な所だからにわかには信じがたい。そこで試しに磁石を近づけてみるとピタッとくっつくではないか。やはり本当にクロモリなのだ。
 それにしてもこのフレーム、調べてみてわかったのだが超軽量クロモリフレームと言うかなり無茶な代物で、デダチャイ製のEOMと言う超軽量スチールパイプを使用してアルミ並の軽量化(フレーム単体で1,480g)を図っている代わりに乗り手の重量制限(85kg以下)があるという。幸い自分の体重の範囲内では問題は無いものの、これで益々体重を増やせないプレッシャーが高まった訳である。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

December 26, 2007

外国語学習者はどう変化しているのか

 ZAKZAKでも取り上げられていたがネットリサーチ・マイボイスコムの調査によると、今一番学びたい外国語は「英語」で、その割合は56.2%と2位の「中国語」の4.9%を大きく引き離し圧倒的な割合になっているそうだ。まあ、このネタはここでも「外国語=英語の日本人」や「外国語学習者は何人いるのか」などで何度も取り上げた話題なので今更、同じ事を書くつもりはないが、興味深いのは2位以下の外国語の変遷である。

 少し古いが手元に「はてな」の質問コーナーで見つけたNHK語学講座の部数の比較があったので、それと最新のデーターを付き合わせてみると面白い。

NHK語学テキスト発行部数(英語を除く)
ラジオ
 94年度               04年度
  ①ドイツ語     14万     ①中国語       14万
  ①フランス語    14万     ②ドイツ語       11万
  ③中国語      12万     ②フランス語     11万
  ④スペイン語     9万     ④イタリア語     10万
  ⑤ハングル      8万     ⑤スペイン語      9万
  ⑤イタリア語     8万     ⑤ハングル       9万

テレビ
 94年度               04年度
  ①ドイツ語     14万     ①ハングル  20〜18万
  ①フランス語    14万     ②中国語       15万
  ③中国語      13万     ③イタリア語      12万
  ④スペイン語     9万     ④ドイツ語       11万
  ⑤イタリア語     8万     ④フランス語     11万
  ⑤ハングル      8万     ⑥スペイン語     10万

残念ながら4年度以降のデーターは見つからなかったのだが、最初に触れたマイボイスコムのデーターに準じると考えると、英語、中国語、ハングル、フランス語、スペイン語、イタリア語、ドイツ語の順になる。一目見てわかるのはドイツ語の凋落と、中国語の台頭だろう。94年で英語を除いて学習者が最大だったドイツ語は大きく順位を落とし、代わりに中国語・ハングルと言った近隣諸国の言語が上位を占めているのである。フランス語学習者は一時減っているように見えるものの、学習層は以前から女性が中心で、大学の第二階国語の講座数も大きく変化した話しは聞かないので、おそらくフランス語の学習者数は一定数をキープし続けていて、他の言語の学習者の量の増減によって順位が変化しているとみた方が良いようだ。
 それにしてもロシア語学習者として悲しいのはロシア語の低迷である。ソ連崩壊で学習者数は大きく減ったのはわかるのだが、他の近隣諸国が皆順位を上げている中で相変わらずの低迷っぷりなのだ。以前の旅行記にも書いたように、実は日本から一番近い国でもあるのだから、もう少し学ぶ人が増えても良さそうに思う。

関連:外国語学習者の変化の背景をちょっと考えた
その後、その背景をちょっと考察してみたもの。

その後の外国語学習者数の変化の話
その後(2010年度)の推移など。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

December 23, 2007

2台目の自転車の組み立て

Inter_max_eom_2

 以前取り上げた2台目の自転車だが大分形になってきた。予定では年内には組み上げて正月空いている道路で走るつもりだったのだが、ちょうど自転車メーカーの新製品入れ替わり時期に当たってしまい、いろんなパーツの在庫が払拭している状態でじわじわと遅れつつある状態だ。果たして間に合うだろうか。

| | Comments (1) | TrackBack (0)

December 22, 2007

BERGが立ち退きを迫られている話しの続き

 以前、新宿のお気に入りのお店BERG(ベルク)ルミネから立ち退きを迫られているらしいと言う話しを書いたが、どうもルミネから圧力が有ったらしく、いつの間にかリンク先の詳細が書かれたBERGのページが無くなっている。水面下でごちゃごちゃやっているらしく詳細はわからないのだが、伝わってくる話しではどうもルミネのやり方に問題があるような気がしてならない。
 そんなわけで、前回の記事や検索でこの話しを見つけた人の為に、改めて詳細が書かれているページを紹介しておきたい。

LOVE! BERG! ~ビア&カフェ「ベルク」を応援しよう~

| | Comments (0) | TrackBack (0)

December 20, 2007

サイクルウェアの憂鬱

 最近、自転車に乗り始めてちょっと感動した反面、困っているのがウェアの問題だ。私はあのぴっちりしたサイクルウェアには特に抵抗はなくむしろ本格的に見える分、気に入っているくらいなのだが、問題はその中で何を買ったらいいか判らない事である。
 例えば冬用のウェアを買うとしてみよう。すると大抵のメーカーでは下にアンダーウェアを着て、その上にサイクルジャージ、そしてその上にサイクルベストもしくはブレーカーを着ると言うラインナップを勧められる筈だ。だが問題なのは各ウェア毎にデザインだけでなく素材レベルでも何種類もの選択肢がある上に、しかもその組み合わせを気温や天気で変更せよと言われるのだ。しかも厄介なのはどれがどのくらいの温度に適しているのか名称だけでは判らない上に、しかも妙に細かく分かれている。さらにどれもかなり良い値段なので試しに買ってみるという訳にもいかないので困るのだ。確かに着ると快適で、素材の進歩で見た目はぺらぺらでも信じられないくらい暖かく、しかも汗を吸ってもすぐ乾くのも素晴らしいのだが、高いことには変わらない。

 それにしても曲芸商法じゃないのだから、春用・夏用・秋用・冬用と季節毎にバリエーションを展開し、さらに各季節で5℃毎に違うウェアを勧めるのはどうかと思うぞ。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

December 18, 2007

久しぶりに3本ローラーの話し

 最近、ロシア旅行ネタばかり書いていたがもちろん自転車も乗っている。それも何が面白いのかいまだに3本ローラーが中心だ。と言うのも平日は忙しいので思い立ったときにすぐに乗れるローラー台ぐらいしか乗れないといった方がいいだろう(寒いからと言うのもある)。
 ところのでこのローラー台、ネットなどを見ると何を買うのがいいのか結構迷っている人もいるようだ。確かにこんなもの乗り比べる人もそういないし、第一現物を置いてある店も珍しい。私もいろんな種類に乗ったわけではないが、2chや自転車ブログを半年ロムした結果(笑)いろんな事が判ってきたのでちょっとまとめて書いておく。もちろんこれはそこで読んだ話が中心なのであくまで最終的な判断は自己責任で決めて欲しい。

 まず3本ローラーの最大の問題点である騒音の問題だが、これは感じ方の違いもあるのでどれもうるさいと思っていた方が間違いはないだろう。特に集合住宅では建物の造りや階数、周囲の住人が神経質かどうかで大きく事情が変わってくるので他の人が大丈夫だからと言って安心できないのが実情だ。
 次に乗り心地であるが、これは簡単に言ってしまえばローラーの直径が大きければ大きいほど、そして幅が広いほど乗り心地というか乗りやすさがいいらしい。素人にはとても手が出ない値段であるが、競輪場に置いてある巨大な3本ローラーなどは、日頃自転車に乗らない人でも簡単に乗れるものだそうだ。あと、私が日頃使っているELITE Velo-dromeは結構当たり外れがあるらしく、外れのものは微妙にセンターがずれていて、高速回転時に振動が発生するものがあるそうだ。

 以上はあくまで伝聞であるが、何かの参考になれば幸いである。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

December 15, 2007

Yak-40搭乗記

Yak_40_inside

 以前書いたようにウラジオストック行きの飛行機は予想に反してエアバスが使われていて、ごく普通(機内の酒盛りは除くが)のフライトだった訳だが、幸いにも(?)ハバロフスク-ウラジオストック間の帰りの行程ではヤコブレフYak-40に乗ることが出来、往年のアエロフロート気分を満喫することが出来たのでその話しを書いてみたい。
 そもそもYak-40とはどんな飛行機かと言うと、詳しくはリンクを見てもらえばいいのだが一言で言ってしまえば1960年代にロシア国内のローカル線用に開発された小型ジェット旅客機である。設計が古いので今から見ると面白いところもあるのだが、それよりも面白いのは不整地でも離着陸できる軍用輸送機転用可能な機体として開発されている事だろう。まず乗ると判るのだが、この機体、乗客用のタラップなどという軟弱なものは付いていない。機体後部がそのまま下に開き、その扉部分に付いているステップを登って乗り込むのだ。なるほどこれならボーディングブリッジなどがない荒れ地でも、そのまま乗り込めるというわけだ。そして中にはいるとこれまた荷物スペースなどという軟弱なものは無いので、乗客は自分で必要な荷物を担いで(注)機体後部にある荷物置き場に自分でそれを押し込むのである。非常時は取り外し輸送機に転換出来るようにするためか、シートは乗り合いバスのような簡素なものでリクライニング機能などという高級なものは付いていない。
 そして操縦席も専用の入り口などはなく、客席を通り抜けて乗り込むようになっている。ちなみに写真に写っている簡素な扉の向こうが操縦席である。なお天井には荷物スペースはおろか、エアコン吹き出し口すら存在しないので、冬はコートを着たまま搭乗するのが習わしだ。まあいずれにせよ、コートを入れるスペースなどどこにもないので、案外これは親切設計なのかも知れない。
 なおフライト自体は実にあっけなくごく普通のものであったが、着陸したときには乗客から自然と拍手が沸き上がり、その中を機長が「はいごめんよ、はいごめんよ」といった感じで客席をかき分けて下りるのが見られると言うのは古き良き(笑)アエロフロート気分が満喫できるのでその点では十分楽しませてもらったのである。

注:ウラジオストック・ハバロフスク間の便では一応、スタッフが押し込んでくれた。
 
関連Link:ミンスク発 − アエロフロートで里帰り
他の方のYak-40搭乗記


関連記事一覧
ウラジオストック・ハバロフスク旅行記1
ウラジオストック・ハバロフスク旅行記2
ウラジオストック・ハバロフスク旅行記に写真がなかなか付かないわけ
ウラジオストック・ハバロフスク旅行記3
ウラジオストック・ハバロフスク旅行記4
ロシアの冬をなめてはいけない(ウラジオストック・ハバロフスク旅行記5)
ロシアの冬には何を着るのか
ウラジオストック・ハバロフスク軍事博物館
ウラジオストック・ハバロフスク旅行記8
ウラジオストック・ハバロフスク旅行記9
YAK-40搭乗記

| | Comments (0) | TrackBack (0)

December 14, 2007

このままバイトの不祥事が続けばアルバイトは刑務所並みの身体検査を受けるようになるだろう

 アルバイトがblogやmixiなどで自分の関わった不祥事を書いて炎上すると言う騒ぎが続いている。少し前にテラ豚丼騒動があったと思えば、今度はケンタッキーでゴキブリを揚げたと言う書き込みがあり(デマだった)、続いてバーミアンでゴキブリラーメン(これもデマ)の話が書かれている。いずれもそこで働いていたアルバイトがおもしろ半分にネットに書き込んだところ大騒ぎになり、後になって当人が謝罪するものの既に騒ぎは広まりきって、会社は大損害を受けると言うパターンである。
 これについてはネットリテラシーが身につくまでの過渡期の話しだと軽く見る意見も目にするが、ここまで類似の事件が続いてしまうと企業としてはそうも言ってはいられないだろう。
 私などは悲観的な見方をする人間なので、こうした話しを聞くとついアメリカの底辺労働者になりすまし、体験取材をした衝撃的なドキュメンタリー「ニッケル・アンド・ダイムド」に書かれていた話しを思い出す。この本で衝撃的だったのは、アメリカの下流社会の労働者は雇用者から全く信用されずまっとうな「人間」として扱ってもらえない姿だった。まず、雇用されるとき労働者は麻薬を使ってないかを調べるため、監視員の目の前で自分の尿を採取され、そして職場を出入りするときは日本の刑務所のように裸になって金品を持ち出してないか身体検査をされるところも珍しくないと言うのである。
 最近とみに悪いところも積極的に「アメリカ化」が進んでいる日本であるが、数年後にはバイトや派遣社員もアメリカの下流社会の労働者のような扱いを受けるようになるのかも知れない。

| | Comments (1) | TrackBack (0)

December 12, 2007

借家建て直し話(その4)

 ちょうどこれまで住んでいた築40年以上の借家が建て直されることになり、その過程をちょろちょろと書いてきた。タイミング悪くと言うべきなのか、ちょうど耐震偽装騒動が起きた影響をもろに受けたおかげで話はいつの間にかこの事件の影響レポートにもなっている。
前回は建築基準法改正で建築着工件数が減少してる代わりに地盤改良や耐震補強工事が増えている話を書いたが、今回はそれ以外に書類審査がえらく厳しくなった話を書いてみたい。とはいえ私は当事者ではないので、これは大家さんから聞いた話や現場を見ての話である。

 さて久しぶりに現場を見に行くといつの間にか2階の壁まで建っていた。さすがは2×4だけの事はある。だがよく現場を見ると見るとやはり影響はあるらしい。例えば良く工事現場に建っている工事内容を示す看板が妙に細かくなっている。工事責任者はもちろん、多くの関連会社や個人名までも書いてあり、しかも多くは連絡先までも書いてある。また大家さんの話によると工事に伴う書類もずいぶん増えてるらしい。つまりどんな些細な設計変更でもいちいち書類で監督し、しかもいっぺん出した内容を変更する度に再審査を受けるようになっているらしいのだ。これでは前まで良くあった、オーナーが現場を見てちょっとした変更を頼むのはもちろん、現場レベルの調整も出来ないだろう。しかし建築現場と言うものは必ずしも最初の設計通りに行くとは限らない。実際に組んで初めて解る不具合もあるし、予期せぬ事情でどうしても変更しなくてはならないものもあるからだ。ましてやオーナーが初めて家を建てる人だとしたら最初からきちっとした仕様を全て決定できるだろうか、成る程、これなら着工件数が落ちるのも無理はない話である。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

December 11, 2007

ウラジオストック・ハバロフスク旅行記9

 ウラジオストック・ハバロフスク旅行記もずいぶん長くなってしまった。僅か3泊4日にかかわらず、これだけネタが続くのだから十分元をとったと言えるだろう。とは言え、いい加減このネタばかりやっていると書く方としても、恐らく読む方も飽きてくると思うので、今後は思い出したら続きを書く事にして平常モードに移ろうと思う。
そんなわけで今回でちょっと旅行ネタは終わりにしようかと思うのだが、その前に余りにも印象的だった話をいくつか紹介してみたい。


ロシアの道路が悪いわけ

ハバロフスクはともかくウラジオストックの道路事情はとても良いとは言い難い。市内主要部や空港までの道路などはきちんと整備されているものの、そこからちょっと外れると途端に凸凹だらけの道になる。当初はてっきりインフラ不足だと思っていたのだが、ガイドさんによると事情はちょっと違うらしい。
何でも日本に負けず劣らず毎年整備はしているものの、傷むスピードが速いのでいたちごっこになってるそうだ。確かに言われてみてみれば、道路に限らずロシアの傷んだ町並みはアメリカなどとはちょっと違う。以前、アメリカのスラム街を見たことがあるが、あそこはいかにも人の手で破壊されたといった感じなのに対し、ロシアの多くの荒廃ぶりは自然に負けたと言った感じなのだ。
なんでもこれは、ちょっとした隙間に水が入り、それが春秋に昼と夜で凍結と溶解を繰り返す事で割れ目が広がり、最後にはひび割れてぼろぼろになってしまうのが理由だと言うのである。確かにシベリアは寒暖の差が激しく、ヤクーツクなどは年間の気温差が100度近くに達すると聞いたことがあるが、言われてみればもっともな話である。
むしろそこまで過酷な土地によくこんな都市を築いたものである。

とても安いコンサート

ロシアは音楽・バレエなどが盛んだと言うが、今回の旅行ではそれを実感することがあった。3日目のハバロフスクでたまたま泊まっていたホテルのそばにコンサートホールがあったので、その夜行われるピアノコンサートを聴きに行ったのだが(余談だが予約時のエピソードもちょっと面白かった。もちろんガイドさんが手伝ってくれたのだが、たまたま居合わせた地元のおばちゃんが親指を立ててお勧めを教えてくれたのだ)、想像以上に立派な内容で恐らく日本なら5〜6千円はしたに違いない。中は立派なホールになっていてちゃんとバーコーナーまであり、幕間にお酒も飲めるのだ。しかも向こうではそれが日常になっているのだろう。聞きに来たのは殆どが現地の人で、意外にも小さな子供もいる家族連れも多いのは驚きだった。しかも日本と違うのは、結構おとなしく子供達がそれを聞いていたことである。


関連記事一覧
ウラジオストック・ハバロフスク旅行記1
ウラジオストック・ハバロフスク旅行記2
ウラジオストック・ハバロフスク旅行記に写真がなかなか付かないわけ
ウラジオストック・ハバロフスク旅行記3
ウラジオストック・ハバロフスク旅行記4
ロシアの冬をなめてはいけない(ウラジオストック・ハバロフスク旅行記5)
ロシアの冬には何を着るのか
ウラジオストック・ハバロフスク軍事博物館
ウラジオストック・ハバロフスク旅行記8
ウラジオストック・ハバロフスク旅行記9
YAK-40搭乗記

| | Comments (0) | TrackBack (0)

December 09, 2007

ベルクが立ち退きを迫られているらしい

 私のお気に入りの店の一つが新宿のベルクである。ここは気軽に立ち寄れてしかもビールを中心としたお酒は旨い、つまみは旨い、軽い食事も出来てしかも出てくるのが早いと言う、理想的な立ち飲み屋なのだが、なんでもルミネから立ち退きを食らっているらしい。
 詳しくはこちらを見て欲しいが、要はルミネがテナントを管理しやすくするためいつでも自由に契約が切れる「定期契約」を全てのテナントに強要していて、それに反対したベルクを見せしめ的に立ち退きを迫っているというのである。もちろんこれは法的根拠は無いのだが、そこはオーナーの立場を利用して様々な嫌がらせを計っているらしいのだ。
 私が馴染みにしている店は良く潰れると言うジンクスがあるとは言え、さすがにベルグが無いと困ってしまう。第一、ルミネの態度が気に入らない。
 そんな訳でしばらくは応援を兼ねてベルクに寄り、ルミネでは決して買い物をしないことを心がけようと思っている。

2008/1/15追記:別の記事でも書いたが肝心のリンク先が(ルミネからの圧力か?)無くなってしまったので、詳細が判る所を張っておきます。
LOVE! BERG! ~ビア&カフェ「ベルク」を応援しよう~

| | Comments (0) | TrackBack (2)

December 08, 2007

ウラジオストック・ハバロフスク旅行記8

 いい加減、ウラジオストック・ハバロフスク旅行記も長くなりすぎたので今回はハバロフスクの写真を中心に紹介する。

Church
まずは旅行記らしく極東ロシア最大のロシア正教会、スパソ・プレオブラジェンスキー大聖堂。
ここに限らずソ連時代は多くの教会が破壊されたが、ここも例外ではなく2003年に再建されたもの。外見に違わず中も素晴らしいのだが、残念ながら多くの宗教施設同様に撮影禁止だった。毎週日曜日にはミサが行われ今でも多くの市民が訪れる。ちなみにここともう一つの教会は結婚式を挙げるカップルもよく訪れる。

Limousine
でこの日もカップルが訪れていたが、ロシアでは写真のようなリムジンをチャーターして披露宴のホテルや結婚式の教会などを回るのが最近の流行らしい。

Birds
そしてリムジンから降りたカップルはウスペンスキー教会広場で記念写真となったのだが、そこでちょっとしたハプニング。冬で餌がないせいか、それとも皆餌付けして大胆になっているのか、こちらのハトは凶暴でどうやらブーケが餌に見えたのかごらんのように群がって大変なことになっていた。ちなみに周りは面白がってそれを写真に撮りまくっていたのは言うまでもないだろう。この後、2人は懲りずにウエディングドレスとタキシードで(外はマイナス20度近いのだ)写真を撮っていたが、現地のガイドさんでさえ「寒いのに根性あるねえ」と言っていた。
 余談だが、面白がっていた我々もまた後で山のようなハトに襲われて大変な目に遭うのであった。


関連記事一覧
ウラジオストック・ハバロフスク旅行記1
ウラジオストック・ハバロフスク旅行記2
ウラジオストック・ハバロフスク旅行記に写真がなかなか付かないわけ
ウラジオストック・ハバロフスク旅行記3
ウラジオストック・ハバロフスク旅行記4
ロシアの冬をなめてはいけない(ウラジオストック・ハバロフスク旅行記5)
ロシアの冬には何を着るのか
ウラジオストック・ハバロフスク軍事博物館
ウラジオストック・ハバロフスク旅行記8
ウラジオストック・ハバロフスク旅行記9
YAK-40搭乗記

| | Comments (0) | TrackBack (0)

December 07, 2007

ウラジオストック・ハバロフスク軍事博物館

 ロシアはあらゆる街に軍事博物館がある国だが、ここウラジオストック・ハバロフスクでも例に漏れず立派な軍事博物館が存在する。いや、それどころかウラジオストックは元はロシア極東艦隊の拠点で閉鎖都市であったこともあり今でも港には極東艦隊の船が停泊し、街には最近まで使われていたウラジオストック要塞が博物館として存在する。
 そんなわけで今回はこの2都市にある軍事博物館をちょっと紹介してみたい。

Russa_for_east_fleets
ウラジオストックのロシア極東艦隊。ソ連崩壊後は稼働率が落ちぼろぼろのまま放置されていたというが、最近は大分復活したようだ。ちなみにかなり側まで寄れるそうだが、もちろんあるところまで行くとローブが貼ってあって立ち入り禁止になっている。

Vladivostok_sitadel1
ウラジオストック要塞博物館郊外にある火砲と兵員輸送車BMT-60(多分)、もちろん本物なのは言うまでもなく、しかもかなりのものが今でもきちんと動作する。昼にはここの大砲が毎日時報代わりに撃たれるが、それを見るために結構市民もやってくる。ちなみに私はガイドさんの案内でちょうど空砲を撃つのを見に行ったが、タイミング悪く(?)何の心構えもなく目の前で発射されてえらくびっくりしたものだ。ちなみに使う大砲は機関銃と言っても良いくらいの小さなものだが、なんでもこれ以上大きなものを使うと音が大きすぎて大変な事になるからだそうだ。

Tanks
こちらはハバロフスク赤軍博物館屋外にある、戦車や装甲車・火砲などのコーナー。こちらももちろん本物でしかもロシアらしく(笑)管理はアバウトなので、さわり放題・乗り放題と言うまさに軍オタの楽園のようになっている。さすがに車内には入れないが、何でも昔は自由に入ることが出来たらしい。
もちろん私も登って意気揚々と写真を撮ったのは内緒である。実際に登ってみると想像以上に大きな上に、登るためのフックが足の短い日本人には届かない高いところに付いていて、えらく難儀したのを覚えている。遊びだからいいものの実際の戦場で重い装備品を身につけて上り下りするのは想像以上に大変だったに違いない。


関連記事一覧
ウラジオストック・ハバロフスク旅行記1
ウラジオストック・ハバロフスク旅行記2
ウラジオストック・ハバロフスク旅行記に写真がなかなか付かないわけ
ウラジオストック・ハバロフスク旅行記3
ウラジオストック・ハバロフスク旅行記4
ロシアの冬をなめてはいけない(ウラジオストック・ハバロフスク旅行記5)
ロシアの冬には何を着るのか
ウラジオストック・ハバロフスク軍事博物館
ウラジオストック・ハバロフスク旅行記8
ウラジオストック・ハバロフスク旅行記9
YAK-40搭乗記

| | Comments (0) | TrackBack (0)

December 06, 2007

学力向上には口よりも金を出せ

 昨日の朝刊などを見ると学力低下問題が話題になっているらしい。
しかしこれらを読んで奇妙なのはゆとり教育の弊害をかき立てている反面、最近の教育関連費が軒並み縮小されている事に一切触れてないことだ。例えば国の教育への公的支出はOECD加盟国の平均が4.7%ある中で3.2%しかない上に、更に削ろうとしている有様だ。以前も取り上げたように国立大学の理工系の授業料は値上げされるし、さらに採算の合わない国公立大学の補助金を削減すると全国の半数近くの大学が破綻するとさえ言われている。
学校教育に限らない、研究開発費は5年で質量共に低下していると言う結果は文部科学庁の調査結果でも出ているのだ。国が教育予算の減少を認めているどころか、積極的に削っている状況では学力が低下するのも当然だ。
 だが今回の報道を見る限り、国もマスコミも予算を増やす考えは無いようだ。これでは今後も日本人の学力は益々下がり続けることだろう。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

December 04, 2007

ロシアの冬には何を着るのか

 私がウラジオストック・ハバロフスクに行ったのは11月末だった。行く前までは晩秋のつもりでいたのだが、それは大きな間違いだった。最低気温はマイナス20度以下に達し、日本の真冬以上の冷え込みなのだ。それでも現地の人によればまだ序の口らしい。2月頃にはさらに雪が降つもり日によってはマイナス40度(!)近くになる日さえあるというのだ。
 さてそんな寒さの中、前回は市内観光をした話しを書いたが、真の寒さはこれからだった。2日目のハバロフスクはウラジオストックよりも更に寒く、気温は昼間でもマイナス15度まで下がり、おそらく夜にはもっと冷え込んだだろう。しかもウラジオストック同様にここも風が強い(アムール川の側が特に強い)ので体感気温は更に寒く感じるのである。それでもあらかじめ準備してきたこともあり、当初はそれ程寒くはなかった。日本で売られているダウンでも厚手のものをきちっと着込めば体は結構暖かい。しかし、寒冷地に慣れていない人間がやりがちだが重要な事を忘れていた。それが頭の防護である。行く前から帽子の必要性は聞いてたものの、無印良品のウールの帽子では全然暖かさが足りなかったのだ。しかも頭を冷やす恐ろしさはすぐに影響が現れない点にある。その日はガイドさんと分かれた後案の定道に迷い、市内を一時間ほどさまよったあげくホテルに戻ったのだが、その夜頭を冷やしたことから来るひどい頭痛に悩まされたのであった。
 余談だがハバロフスクで道に迷ったときは、多くの人に道を教えてもらった。まあ単に私がひどい方向音痴だというせいもあるが、それでも何とか話せば通じるものである。それにしてもよっぽど私が頼りなく見えたのだろう。おばあさんに道を聞くと「この道を真っ直ぐ真っ直ぐ真っ直ぐ行きなさい!」とジェスチャーも派手に教えてくれたのだった。


関連記事一覧
ウラジオストック・ハバロフスク旅行記1
ウラジオストック・ハバロフスク旅行記2
ウラジオストック・ハバロフスク旅行記に写真がなかなか付かないわけ
ウラジオストック・ハバロフスク旅行記3
ウラジオストック・ハバロフスク旅行記4
ロシアの冬をなめてはいけない(ウラジオストック・ハバロフスク旅行記5)
ロシアの冬には何を着るのか
ウラジオストック・ハバロフスク軍事博物館
ウラジオストック・ハバロフスク旅行記8
ウラジオストック・ハバロフスク旅行記9
YAK-40搭乗記

| | Comments (0) | TrackBack (0)

December 03, 2007

ロシアの冬をなめてはいけない(ウラジオストック・ハバロフスク旅行記5)

Amur_river
凍てつくアムール川

Sc_conference_hall
ウラジオストック州議会議事堂を革命広場から見る

 一応片言のロシア語が話せるとはいえ初めてのロシアである。しかもソ連時代のイメージがよっぽど悪かったせいなのか、それともソ連崩壊時のごたごたのニュースのインパクトが強かったのか、ロシアへ行く前に散々周りに脅かされたので、今回はおとなしく日本語ガイド付きの市内観光を組んでみた。市内観光には2コースあり一つは徒歩でもう一つは車を使うものがあり、当然ながら値段の安い徒歩コースを頼んでいたのだが、何故か車のコースになっている。もちろん確認の連絡も無しである。
 だが初日にホテルを出ただけでこれが向こうのポカではなく、当然の配慮だった事を実感した。そう、理由はもちろん寒さである。あらかじめ十分な対策をしていたつもりでも、やはり旅行者には寒すぎた。特に2日目のハバロフスクはウラジオストックよりも更に寒いこともあり、わずか数百メートルでも車が恋しくなるのである。
 以前、TVで最も寒い街ヤクーツクを行くと言うのがあり、旅行者が自信満々で最新のハイテク防寒具を披露したところ「お前ヤクーツクの冬をなめてるだろ」と言われたエピソードがあったのだが、きっと今回も「この日本人旅行者ロシアの冬をなめてるな」と言ったやり取りが旅行会社で交わされたに違いない。
 それでもガイドの人によると、真冬で路面が凍り付き車が坂を登れなくなると(ウラジオストック・ハバロフスク共に坂の多い街なのだ)皆、徒歩で移動するというから驚きだ。
 だがまだこの時点ではまだ私はロシアの冬の真の恐ろしさを知なかった。それどころか「覚悟したより暖かいじゃん」とタカをくくっていたのであるが、後でその恐ろしさの片鱗を痛感することになるのである。


関連記事一覧
ウラジオストック・ハバロフスク旅行記1
ウラジオストック・ハバロフスク旅行記2
ウラジオストック・ハバロフスク旅行記に写真がなかなか付かないわけ
ウラジオストック・ハバロフスク旅行記3
ウラジオストック・ハバロフスク旅行記4
ロシアの冬をなめてはいけない(ウラジオストック・ハバロフスク旅行記5)
ロシアの冬には何を着るのか
ウラジオストック・ハバロフスク軍事博物館
ウラジオストック・ハバロフスク旅行記8
ウラジオストック・ハバロフスク旅行記9
YAK-40搭乗記

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2台目の自転車を組み始める

Intermax_eom_frame

 しばらくロシア旅行記ネタが続き、いい加減飽きてきたのでちょっと自転車話。
Fujiトラックを入手して改造が終わったばかりだと言うのに、早速2台目の自転車を組んでいる。元々ロードに乗っていた事もあり、手元には自転車のパーツがそこそこある事をいいことに、中古ショップやヤフオクなどで部品を集めてもう一台組んでしまおうという訳だ。
 まあ言い訳をさせてもらうとブレーキを付けてようがやはりトラックレーサー(ピスト)で街乗りは恐ろしいので、きちんとしたロードバイクが欲しくなったということと、単にFujiトラックを組んだりばらしたりしているうちにすっかり自転車を組むのが面白くなってしまったのである。
 幸い日常はローラー台専用機と化しているFujiトラックで事足りているので、休日にでもこつこつと部品を集めながら組み立てていくつもりである。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

December 01, 2007

ウラジオストック・ハバロフスク旅行記4

Khabarovsks_car
ごらんのように走っている車は殆どが比較的新しい日本の中古車である

Hotel_primorie
西側レベルになっていたホテル

 ウラジオストックに着いたのは夕方6:00過ぎだった。日本の6:00と言うとまだまだ明るいイメージがあるが、ウラジオストックは日本と時差が1時間あることもあり、外はもう真っ暗だった。そのせいもあるだろう、空港も含めて最初の印象は殆ど無い。ただ、噂に聞いていたよりも遙かに走っている車がちゃんとしているのは意外だった。
 ロシアの経済がプーチン政権になってから大幅に改善していると言う話しは聞いていたものの、ここ極東の都市まで恩恵が届いているとは思わなかったからである。だが実際に行ってみると買う人はごく少ないとは言え、郊外には巨大なメルセデスベンツのショールーム兼オフィスがあり、普通に走っている車も日本の中古車が大半とはいえ、そのまま日本で走っても何ら違和感のない綺麗な車が走っている。さすがに郊外は道路の他は広大な針葉樹林が広がっているとはいえ、所々に西側の都市のような店が見える当たり、こんな極東でもロシアは確実に豊かになっているのだろう。
 そしてホテルもまたいい意味で予想外のものだった。ロシアのホテルというとソビエト時代は火を噴くテレビや、栓のないバスタブ、シャンプーはおろか石けんさえも置いてないと言うイメージがあるものだったが、目の前にあるのはごく普通の西側のホテルと言っても良いものだったのである。装備品もひげそりはないものの、後は軒並み揃っていたし、旅行記ではいつも赤く濁った水が出ると書かれる水道もちゃんと透明な水(とお湯)だった。バスタブに貯めるとさすがに薄緑色だったとはいえ、これなら及第点と言えるだろう。
(ちなみにウラジオストック・ハバロフスクでは水道水はそのままでは飲めないので注意)
 かくして一日目はゆっくりと風呂に入り、快適なベットで疲れた体を休めることが出来たのであった。


関連記事一覧
ウラジオストック・ハバロフスク旅行記1
ウラジオストック・ハバロフスク旅行記2
ウラジオストック・ハバロフスク旅行記に写真がなかなか付かないわけ
ウラジオストック・ハバロフスク旅行記3
ウラジオストック・ハバロフスク旅行記4
ロシアの冬をなめてはいけない(ウラジオストック・ハバロフスク旅行記5)
ロシアの冬には何を着るのか
ウラジオストック・ハバロフスク軍事博物館
ウラジオストック・ハバロフスク旅行記8
ウラジオストック・ハバロフスク旅行記9
YAK-40搭乗記

| | Comments (1) | TrackBack (0)

« November 2007 | Main | January 2008 »