思い出のものをネットで探す功罪
ネットのおかげで子供の頃見て気になっていたものの肝心のタイトルが判らない作品や物事を探し出すことが出来るようになった。おかげで懐かしい曲や影像を再び見聞きしたり、いつか手に入れたいと思ってそのままになっていたアイテムを手に入れられるようになった。
だが皮肉なことにそれは残酷な結果ももたらした。思い出は美化されると言われるように、当時あれ程素晴らしいと思っていた影像が思ったよりもちゃちだったり、かつて憧れていたアイドルの今の歳を取った姿や、酷いときには没落や訃報などの知りたくもない事までわかってしまうようになってしまったからだ。
またもう一つの思いも寄らない事は当時、幼くて判らなかった作り手のメッセージに今更気付いたり、一見ハッピーエンドに見えるストーリーの裏に驚くほど悲惨なストーリーが隠されていた事に気付かされたことだ。遅れたものの作り手の隠されたメッセージはネットのおかげでようやく当時の子供達に届くようになったのだ。
これらは良いことなのか悪いことなのか判らない。それでも気になっていた事を思い出したら、やはりググってしまうのだろう。
Comments
これめっちゃ解ります!
私の場合は主にゲームですが、ゲームだけに限らず何かの拍子に急に過去のものが懐かしくなって探したり、ふとビジョンに浮かんだものを探したりします。
今になって作者の考えていた事が解ったり、思わぬ掘り出し物に出会えたり。
思い出には記憶ばかりではなく、その時感じた”イメージ”も一緒に宿るのかもしれませんね。
”知る事”は良い事である反面、同時に責任を伴います。
知ったが故に後には引き戻れないと言うことです。
それでもネットの世界は私に取って人生を変えたと言っていいほどで、無限の可能性を含んだ世界だと思っています。
夢や希望、そして数多くの仲間と出会えるのもこの世界の特徴かもしれませんね!
Posted by: mazin | September 28, 2010 05:14 AM