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March 16, 2014

清沢洌「暗黒日記」より

清沢 洌(きよさわ きよし)と言う戦前・戦中の優れたジャーナリストがいた。特に日米間の論評で有名で彼の分析は今読み返しても時代を超えた慧眼を感じる。
その彼が戦前、我が子に向けて書いた文がまさに今の時代にも当てはまると思ったので、以下に全文を掲載したいと思う。(※文章は既に著作権は切れています)
それにしてもこの文を読んだのは10年程昔だが、まさかここに書かれている様な雰囲気が再び日本に起こるとは思わなかった。

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清沢洌 『わが児に与う』

(初出:清沢洌著「非常日本の直言」1933(昭和8)年3月14日/底本:橋川文三編「暗黒日記1」(ちくま学芸文庫))


 お前はまだ何もわからない。が、お前の今朝の質問がお父さんを驚かせた。

 この書の校正ができあがって、序文を書こうとしている朝である。お前は『お父さん、あれは支那人じゃないの?』と、壁にかけてある写真を指して聞いた。『ウン、支那人ですよ』と答えると、『じゃ、あの人と戦争するんですね』というのだ。

 『お父さんのお友達ですから戦争するんでなくて、仲よくするんです』
 『だって支那人でしょう。あすこの道からタンクを持って来て、このお家を打ってしまいますよ』

 お前のいうことを聞いていて、お父さんは思わず憂鬱になったんだ。お前は晩生れの七歳で、まだ学校に行ってはおらぬ。母親か女中かに教わって、片仮名でどうやら苗字だけは書くが、ワとアが混線して、行衛が不明になっている程度だ。不便なところに住んでいる関係で、お友達のないことが気の毒なほどだから、外部からの影響のあるわけはない。

 それだのにお前は、いつの間に、そしてどうして支那人は日本人と戦争をする人間であることを知り、そうした恐ろしい人をお友達に持っているお父さんを不思議に思うようになったのだろう。

 『どこから支那人は日本人をタンクで打つと教わったの?』と、お父さんが聞くと、お前は得意そうに肱を張って『教わらなくたって知っていらア、ちゃんと雑誌で読むんですもの』と答えたのだった。

 なるほどよめた。雑誌社の好意で寄贈してくる少年雑誌などの絵を見て、お前は自然に時代の空気を感受してしまったのであるらしい。

        ×

 親父がジャーナリストだから、この子も時代の空気を嗅ぐことは早い、と笑ってしまうのには、お前の疑問はあまりにお父さんの神経を刺激したんだ。

 『この空気と教育の中に、真白なお前の頭脳を突き出さねばならんのか』

 お父さんは、お前の教育について初めて真剣に考えたよ。それと同時に、思わずバートランド・ラッセルのことを想い出したんだ。かれの教育に関する著書の中に、かれの息子が教育期に達して、その教育問題に直面するようになってから、始めて真剣に教育のことを考え、その思案の結果がその著だったという意味のことを書いてあった。そしてその後、かれは夫人と共に少年のための学校を経営するようになったはずだ。

 ラッセルとお前のお父さんに、天分の相違がどれだけあったところが、子供に対する責任を感ずる点において相違があるものじゃない。お父さんも、今朝、いまさらながら人間をひとえに敵と味方に分ける現代の教育に、お前を托さねばならぬことに言い知れぬ不安を覚えたのだ。壁にかかっている写真は、みんなお父さんの先輩や友達なんだ。比較的に世界を旅行したから、欧州の人の写真もあれば、アメリカ人の写真もあり、またお前が見つけ出したように、支那人の写真もある。しかしこれは皆なお父さんのお友達なんだよ。お父さんのお友達が、たまたま支那人であったり、アメリカ人であるが故に、お前の家をタンクで撃つということがあるもんですか。

        ×

 お前はまだ子供だからわからないけれども、お前が大きくなっても、一つのお願いは人種が異ったり、国家が違うからといって、それで善悪可否の絶対標準を決めないようにしてくれ。お前のお父さんはアメリカに行っておった時に、人種の相違で虐められたこともあった。その時には

 『なに、こいつらが……』

と燃えるような憤怒を感じたものだが、しかし年齢をとって静かに考えるようになってからは、地球の上から、一人でもそういう狭い考えを持つものが少なくなることを念ずるようになったんだ。

 前にも言ったようにお前のお父さんは、世界を旅しない方ではない。それから感じたことは、文明というものは国を縦にした国境で決るものであるよりは、世界を横にした文化層で決るということだった。つまり一国の智識階級は、その国内の不智識階級よりも、むしろ外国の同じ層と、かえってよく手が握られ、世界文化の発達のためにつくせる場合がある。世界を縦に区切ることは、決して悪いことじゃない。けれども、これから広い世界に育たねばならないお前に対して、お父さんは囚えられぬ心構えを望むんだ。

        ×

 お前はお父さんが理想主義だと笑うかも知れない。しかしお前が、ものを考える時代になったら、その笑われた理想主義がはたして遠道であったかどうか見てくれ。

 こちらがワンと言って、先方がただだまって引込むなら現実主義は一番実益主義だ。しかしこちらがワンと言うと、先方がそのまま引きさがる保証があるかね。こちらが関税の保障を高くして、先方だけに負わせる仕組ができれば結構だが、先方も自己防衛から円の下落と、こちらの関税に対抗しないという保証がどこかにあるかネ。先方も困るということは、こちらが困らないということではないよ。近頃の日本のインフレ経済学者の中にも、こうした一本道の人が多いのは喜ぶべきことだろうか。

 お前を対手にして、こんなこむずかしい理屈でもあるまいが、永遠から永遠に生きねばならぬわれらの国家にとって、いうところの理想主義者は結果において現実主義者であることを言おうがためなのだ。お前がこの文章がわかる頃になったら、昭和七八年(ママ)の頃のことを歴史的立場から顧みてくれ。

        ×

 お前が大きくなって、どういう思想を持とうとも、お前のお父さんは決して干渉もせぬば、悔いもせぬ。赤でも白でも、それは全然お前の智的傾向のゆくままだ。

 しかしお前にただ一つの希望がある。それはお前が対手の立場に対して寛大であろうことだ。そして一つの学理なり、思想なりを入れる場合に、決して頭から断定してしまわない心構えを持つことだ。

 お前のお父さんは、一部から非愛国者のようにいわれたことがある。しかし一家に育ったお前として、これほど滑稽な批難はないことが大きくなったらわかるはずだ。『九千万という多い国民の中で、自分だけが国家の前途を憂えなければならぬような義務を誰に負わされたか』お前のお父さんは、ときどき、こんな自問を胸に画いて自嘲したい気持になるほど、真剣にこの国の前途を憂えているんだ。

 お前もこの国に生れた以上は、国家を愛するに決っている。が、お前の考えるように考えなくても、この国を愛する者が沢山いることだけは認めるようになってくれ。お前のお父さんも、全然反対な立場に立つ人に対しても、真剣でさえあれば、常に敬意を払ってきたんだ。

        ×

 お前はお前だ、お父さんはお父さんだ。お前を教育するのに、お父さんの型に入れようというような気持は微細もない。お前はお前のもっているものを、煩わされることなく発揮すればそれでいい。

 お前は一生の事業として真理と道理の味方になってくれ。道理と感情が衝突した場合には、躊躇なく道理につくことの気持を養ってくれ。これは個人の場合にもそうだし、国家の場合でもそうだ。日本が国を立って以来道理の国として、立って来ている以上は、道理に服することが日本に忠実でないというようなことがあるものか。

 西洋の誰かは『私は自分が生れた時より、自分の死ぬ時の方が、少し世の中をよくしたと信ずることが願いだ』といった。お前は世の中を救うの何のという夢のような考えを持たないでいい。一生道理のあるところに従った―そういう確信を持ったようになれば、それでお前のお父さんの願いはたりるのだ。

 ただ始めに書いたように現代の教育にお前を托するには、お父さんは相当に不安がある。それが少し心配だが、しかしさらばとてラッセルを真似て学校をたてるだけの甲斐性はあるまい。この現在の空気の下で、できるだけお前を、道理を把持して動かない人間に導いてゆくの外はない。

 折も折、今朝の食卓でお前の頑是ない質問があったばかりに、お前に与える手紙がこの著の序文の代りになった。これも何かの想出になろう。

清沢 洌

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