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June 28, 2014

都議会の野次から見えてくる「大きな家族としての国家」観

 最近思いついた事はみなTweetしてしまってすっかりここがおろそかになってしまっているが、たまには更新しないとまずいと思ったのとTweetとするには長くなり過ぎそうなのでここで書く。

 以前、夫婦別姓制度について書いた時にも思ったのだが、何故人は赤の他人の生活や決定に口をはさみたがるのか長年疑問に思っていたが、最近の都議会のセクハラ野次問題を巡る騒動で何となく見えてきた。それが浮き彫りになったのがジャーナリストの佐々木俊尚氏によるこの件についてTweetとそのやりとりだろう。















一部をピックアップしただけで何となく雰囲気は分かってもらえたと思うが、自分が思うに多くの人々にとっては社会や国家でさえ大きな家族の延長として捉えているからこうした見かたが出てくるのでは無いかと思うのだ。家族であれば「あなたの為を思って」色々口を出すのは当然だし、「正しいありかたや役割」があるのも当然だろう。また福祉もその延長線上だと考えるとちゃんと「面倒を見るかわりに口を出すのは当然」だと言う意見もおかしくないし、自分からルールを破ったり共同体の外に出る人間に対して手を差し伸べる必要はないと言うのも当然だろう。
 結局のところ日本は共同体の運営は家族の延長線でしか捉えてない人が今でも大半なのではないだろうか。

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