87 posts categorized "学問・資格"

October 12, 2014

正しい」教育とは何か

 ネットでマララさんがノーベル平和賞を受賞した件について、タリバン側が声明を出していると言う記事を見た。それ自体は特筆すべき事では無いが、その中にあった「我々は女性に対する教育に反対しているのではない。『正しい』教育がなされていない事に反対しているのだ」と言うフレーズが気になっている。
と言うのはタリバンに限らず「正しい」教育を求めるというフレーズはあらゆる勢力、それこそ反体制側のみならず政府や国でさえよく使うフレーズだからだ。
 だが「正しい」教育とは何だろうか。確かに数学や科学などでは何が正しくて何が間違っているのか解りやすい。しかしその科学でさえ最先端の分野のみならず少し前には定説とされていた説でさえ後に覆された事も少なくない。ましてや歴史や社会分野では少し前には正しいとされていた事が、後に断罪される事すらあるのだ。
 では「正しい」教育の内容のコンセンサスをどう取っていけば良いのだろう。多くの学問の分野では学術的に正しい内容を検証する仕組みがあるので、それを使えば良いように思えるがそれが機能しないものもある。特に道徳や社会のあり方については一見共通の見解があるようで、実は各自のイデオロギーなどで多くの相違が存在する。また内容については問題ない分野についても、今度は何を教えるかと言う優先順位の問題も発生する。どんな分野でもそうだが全てを教えることは不可能だからだ。
 とは言えそれらを全て個人に任せて、各自が好きなように教え、好きなことを選択できることが良いかと言えば、そうはいかない事ぐらいは誰だって判るだろう。たとえ望まなくても最低限の共通知識と常識を各自が持ってくれないと社会がバラバラになってしまう。
 また経済効率や有益性で教育内容を選択すると言うのも結構危険な考えだ。少し前に300人以上の死者を出した韓国のフェリー転覆事故では、様々な悪因が重なったのもあるが、その一つに水泳教育が韓国では無かった事もあげられている。つまり受験や就職に役立つカリキュラム以外の体育や美術などの優先順位が低くなった結果、水泳などが教えられてなかったらしいのだ。これは極端な例だが、所謂「役に立つ教育」を追求していくと多くの場合、より上のクラスとされている学校や会社に入る事が目標になりやすい。しかし全ての人が良い学校や会社に入れる訳ではないし、仮に入っても幸せになれるとは限らない。
 だがこれも先程の話と同じように、好きなことを自由に選択できれば良いかと言うとそれも難しい問題だ。学ぶ内容を自由に選択した所で結局は脱落者は出てしまう以上、彼らに対して「自己責任」を問うのは結構残酷な話だからだ。
 長々書いて結論らしい話にならなかったが、結局は生涯勉強し行き詰まったら再びコース変更して学び直し続けると言う地道で困難な方法しか無いのかもしれない。

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May 25, 2013

量子力学の思い出

上の日経サイエンス7月号「特集:量子の地平線」とそれに関連したTwitterのまとめで思い出したので書いてみたい。

 大学生だった頃、美大にも関わらず何故か理数系の専門的なクラスがあった。案の定、そこを受講する学生は殆どおらず、理系崩れの自分の他は親の反対を押し切って医学部を目指していたのに美大に転向した友人と他数名しか居ない状況だった事もあり、授業後半になるとすっかり先生と我々は勝手知ったる同士と化して、カリキュラムにあるコースをしょっちゅう逸脱して様々な話題で盛り上がっていた。
 もちろん知識差があるので、多くは先生があるテーマについて講義するとスタイルをとったが、それでも普通の授業の様な一方通行のやり取りではなく結構面白かった記憶がある。
 ある日、どんな流れだったか思い出せないが量子力学についてその実在性を証明すると言う話になった。なにせ上のまとめにもあるように量子力学では箱の中の猫は生きていて同時に死んでいるとか、すんごい離れたところにある2つの粒子がテレパシーしてるみたいに影響し合うとか妙な話ばかり出てくるからだ。
 その証明が凄かった。おもむろに先生は前提となる定理を数式で書きはじめると、後はそこからひたすら起こりうる状態を数式で計算し始め、あっという間に黒板は計算で埋め尽くされ始めたのだ。結局90分間の講義の大部分を計算とその説明に費やして、量子力学で言われている事が計算で出てくる事を実証されたのだが、既に途中で我々の貧弱な頭脳では計算を追っかけることも、説明を理解する事も出来なくなっていたのを今でも鮮明に覚えている。

あの計算を理解することは出来ないかもしれないが、それでもどんなものだったかもう一度振り返って見たいと今でも思うのだ。

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July 08, 2012

まどかマギカ11話:暁美ほむら台詞対訳集(日露)

趣味丸出しだが、学習用の素材としてクリップ。

「本当の気持ちなんて、伝えられるわけないのよ」
「だって、私は…私はまどかとは、違う時間を生きてるんだもの!!」
「…私ね、未来から来たんだよ。何度も何度もまどかと出会って、それと同じ回数だけ、あなたが死ぬところを見てきたの」
「どうすればあなたが助かるのか、どうすれば運命を変えられるのか、その答えだけを探して、何度も始めからやり直して」
「ごめんね。わけわかんないよね…気持ち悪いよね」
「まどかにとっての私は、出会ってからまだ1ヶ月も経ってない転校生でしかないものね」
「だけど私は…私にとってのあなたは…」
「繰り返せば繰り返すほど、あなたと私が過ごした時間はずれていく。気持ちもずれて、言葉も通じなくなっていく。たぶん私は、もうとっくに迷子になっちゃってたんだと思う」
「あなたを救う。それが私の最初の気持ち。今となっては…たった一つだけ最後に残った、道しるべ」
「わからなくてもいい。何も伝わらなくてもいい。それでもどうか、お願いだから、あなたを私に守らせて」

参照:魔法少女まどか☆マギカ WIKI - ネタバレ考察/台詞集/暁美ほむら


Ты вряд ли сможешь меня понять.
Хомура...
Потому что... я из другого времени!
Понимаешь, я пришла из будущего.
Мы с тобой неоднократно встречались... и каждый раз я видела, как ты умирала!
Я всё думала, как тебя спасти, как изменить судьбу?
Я раз за разом пытаюсь это понять!
Как же это...
Прости... Ты не понимаешь?
Я странно себя веду, да? Для тебя я всего лишь новенькая, которая перевелась месяц назад...
Но для меня...
Для меня ты...
Каждый раз, когда я возвращаюсь в прошлое, наши с тобой миры расходятся всё дальше.
Ты уже не понимаешь, что я говорю и чувствую...
Мне кажется, я потерялась где-то во времени.
Хомура...
Всё, чего я хочу, – это спасти тебя.
Это единственный путь, который у меня остался.
Пускай ты не понимаешь.
Пускай я не могу объяснить.
Всё равно...
Пожалуйста... позволь мне защитить тебя!

参照:Азиатско-тихоокеанский выбор - Диалоги об энтропии

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February 19, 2012

ロシア語オンライン学習ページなど

 忘備録も兼ねて自分がネットで使っているロシア語学習素材のリストを上げておく。

Russian Work of the Day
その名のとおり日替わりロシア語センテンス。音声付きで英語の解説もある。本来はオンライン・学習教材ソフトを扱っている会社の無料サービスコーナーだが、無料の割には使い勝手が良くて気にいっている。

Подкасты для и iPhone - Russian Podcasting
ロシア語のポッドキャストをまとめたページ。

knightkloveさんのチャンネル
You-Tubeに延々とロシア語発声練習講座を中心に上げているページ。これもロシア語学習支援サイトの宣伝動画でもあるのだが、出てくる女の子が可愛いのもあって結構人気があるようだ。

Радио России
ロシアのラジオ放送радио россииのサイト。オンラインでも放送が聞けることもあって、時々ヒアリングの練習がてらバックグラウンドで流している。

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January 22, 2012

iPhoneで露和辞書を使う2

 以前、iPhoneで露和辞典を使う方法について書いたが、あれからロシア側で誰か作ってないかと思ってロシア語で探してみたところなんとApp Storeで無料で配布されている辞書があることが判明した。
Mzljfnqrdye320x48075



Mzlxftzeraj320x48075

詳しくは下のリンク先を見て欲しいが、ざっと使ってみた感じかなりいい感じだ。何と言っても無料というのが有難い。これでiPhoneでロシア語を読むのがだいぶ楽になりそうだ。

EJLookup - Японский словарь

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January 14, 2012

いつか習得したい技術

 新年らしく抱負と言うか妄想というか、いつかやってみたいことを書く。
よく資格をや勉強が好きだという人がいる。自分もそれに似ているのかも知れないが、ちょっと違うのは自分の場合なんとなく本当の能力というよりは、なんとなくRPGで経験値を稼いだり、新たな魔法を覚える感覚でこれらを捉えていることだろう。変なたとえではあるが生身の体を使ったRPGをやっている感覚に近いというのだろうか。
 前置きが長くなったが、そんな訳で新しい事を覚えるのが好きだ。タイピングもそうして覚えたし、今やっているロシア語もその感覚に近いだろう。そしていつか習得したいスキルとして2つほど気になっているものがある。それが楽器の演奏と武術、もう少し具体的に言うとチェロと居合いが気になっている。

 それ程音楽に思い入れがない人でも楽器が出来ればいいと思った人は多いだろう。自分もそうしたぬるい動機だが、数多くある楽器の中でチェロがいいと思っているのは単純な話、一番好きな楽器だからだ。しかも一時期クラッシックに凝っていた身として親近感があるし、独奏曲が多いのも悪くない。とは言え身の回りに本当に音楽をやっている人を知っている身としては、大変さもまた見聞きする。こうしていつか習得できるといいなと想い続けて未だに何もやってないのであるが、本当に習得するのならいつか踏ん切りをつけねばならないのだろう。

 次の居合に関してはちょっと事情は違ってる。実のところ自分は居合というよりは日本刀が好きなのだ。それもカメラや時計の様な収集して眺めて楽しむという観点から好きなのだ。とは言え収集するにせよ日本刀は敷居が高い。いや、単に持つだけなら実は銃などと違って日本刀の手続きは簡単なのだが、使えもしない(いや何に使うのかと言う問題もあるが)物を持つというのも変な話だし、心理的にも抵抗がある。その点居合をやってれば大手を振って持つ意味もあると言うものだ。
まあそんな不純な動機のまま、こちらもずっと願望のままになっている。

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June 19, 2011

NHKラジオ講座に見る外国語の傾向

 もともと自分は知らない言葉と言うものに興味があって、NHK外国語講座はたとえ学ぶ気がなくてもいろんな国の言葉に気楽に触れられる事からたまに知らない国の講座でも聞いている。
 そんなこともあって久しぶりにNHK韓国語講座を手に取ってみたのだがその内容の変化に驚いた。と言うのも実はまだ学生だったころハングル講座をやっていたことがあるのだが、当時のテキストに比べてはるかに見栄えが良くなって分厚くなった気がしたからだ。
 改めて読んでみると今のテキストは何と120P以上もある厚さでしかもカラーページの割合も増え、内容も向こうの観光をテーマにした食事やショッピングの場を想定した内容になっていた。そして一番の違いはゲストだろう。昔は教育関係者や日本に縁のある人だったのが、やはりと言うべきか韓流スターになったことだろう。
 これもやはり韓流ブームの影響でターゲットが中高年の女性になって購読者が増えたせいなのだろうか。そういえば以前もここで書いたように既にNHK語学講座の第二外国語のシェアでは中国語と並んで韓国語は1,2位を争う人気らしい。
 そこで他の外国語はどうなっているのか他の外国語も調べてみた。
ハングルと並んで第二外国語のトップシェアを占める中国語は、対照的にすっかりビジネス向けの内容になっているのが面白い。入門向けのTV講座ですら今月号では中国の家具工場を見学すると言う内容で、それを記事にしろと日本から言われるくだりすらあるし、より実践的なNHKラジオの応用編ではそのものズバリの中国ビジネス会話がテーマで、しかも内容は現地のストライキにいかに対応すべきかと言うもので、エピソードの架空の会社でのストーリーでは何と最後は共産党のコネを使って解決すると言う落ちになっている。
 それに対してフランス語では入門編は観光を想定した内容になってはいるものの、今月の応用編では何と様々な料理のレシピを解説すると言う内容でいかにもフランスらしいものになっている。
 また興味深いのはポルトガル語で、受講者が少ないこともあり再放送が中心なのだが、内容は日本にやってきたブラジル人家族がポルトガル語が話せる日本人家族と知り合い交流を深めていくと言う、いかにも時流にあったものになっているのだ。

 それにしてもこうして様々な外国語の講座を見てみると、その国に対する学習者側の需要が見えて面白い。韓流ブームは未だ健在だし、中国はやっぱりビジネスだ。

さて我が学習対象であるロシア語はどうであろうか。毎回再放送ばかりが続いていたが今年はようやく応用編が復活した。内容は向こうの新聞記事を取り上げてそれを解説すると言うものだが、はたしてこれはどんな層をターゲットにしているのだろうか。

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February 21, 2011

外国語学習者の趣味と傾向

 Twitterを語学ツールとして活用している話は何度か書いたが、ちょっと面白いと思ったのは各外国語毎に明らかに学習者の趣味に傾向がある事だ。
 自分は主にロシア語しかやってないので他の言語では判らないが、大抵男性の学習者はロシアの先進分野である航空宇宙や軍事に興味がある人だし、女性の場合はこれがバレエやフィギュアスケートの場合が多い。これは向こうの日本語学習者にも当てはまるようで、やはり圧倒的に日本のアニメ・漫画・特撮好きが多いのである。
 余談だがそんな訳で学んでいる言語の口調もその影響を受けるのか、向こうの日本語学習者の人でものすごく日本語が上手い人でも何となくアニメや漫画のキャラと話している様な感じがする時がある。そう言えば漫画「日本人の知らない日本語」でも同じようなネタが出ていたのを思い出したが、きっとこれはどの国の日本語学習者にも見られる傾向なのだろう。と言う事は我々日本のロシア語学習者の話すロシア語も同じように癖があるのかも知れない。

 それにしてもこれは他の外国語学習者、例えば中国語や韓国語でも当てはまるのだろうか? ちょっと気になる所である。

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January 29, 2011

教育テレビ「歴史は眠らない:英語・愛憎の二百年」が面白そうだ

 NHK教育TVの「歴史は眠らない」の2月の内容は「英語・愛憎の二百年」と言うテーマだそうだが、書店でテキストを読んでみたがかなり期待できそうな内容だ。
 江戸時代末期の外国船が次々と日本に来る時代から現代までの、日本の英語教育の流れを解説したものだが、当時からかなり高度な英語教育が一部の層とはいえ行われていたのが、まず自分にとって意外だった。テキストでは当時活躍した人達に直接スポットを当て、資料や日記などから生の英語教育の様子まで書かれていて英語好きでなくても十分面白い内容になっている。
 それにしても既に明治時代から、日本をとりまく国際情勢や世論の風潮によって英語教育のあり方がころころと変わるのは、今と全く同じで呆れてしまった。外国と接触する機会が増えるとまず必要性を感じた人々によって圧倒的な英語教育ブームが起き、次に教材の濫造と質の低下及び気楽に飛びついても直ぐに成果が上がらない人の離反が起き、その反動で英語教育不要論とナショナリズムの台頭するくだりなど、まるで今起きている流れでは無いかと思ってしまう。しかも、驚くべき事に明治時代当時から小学生に対する早期教育の必要性が叫ばれいて、実際に行われていたのだ。
 また後半の戦時中の英語教育の話も面白かった。当時英語は「敵性語」として厳しく禁止されたと言うイメージとは裏腹に、当時の日本の技術力では、工場などの主要な機械は皆外国製でマニュアルは全て英語だったのでラインでは英語は必須だったというのである。そんな訳で当然ながら必要性に追われて現場レベルでは英語教育が行われたし、エリート層に対しては向こうの情報を知るためにもむしろ今よりもしっかりしたレベルの英語教育が行われたというのである。
 まだまだ紹介したい話はいっぱいあるのだが詳しくはテキストを読んで欲しい。それにしてもTVを家から無くした後になってから、時々NHKは面白そうな番組を放送するので困ってしまう。

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January 23, 2011

外国語を学ぶモチベーションの持ち方についてふと考える

 最近、ニュースでもネットでも外国語を学ぶ必要性を強調する話や、効果的な学習法の話が目に付く気がする。だが実のところ多くの人は何らかのメリットを実感しないとわざわざ外国語を習得しようとは思わないのじゃないかと思う。今は苦痛でもいつか見返りが来ると言う理由ではモチベーションも上がらないし、仮に見返りが反故になったら当人にとっても不幸だと思うのだ。もし何らかの事態でその見返りが来ない事が確定し時、これまでの苦労は何だったと嘆き悲しむ事になりかねない。
 そんな訳で自分は例え学習段階だろうと楽しみながら学びたい。逆に楽しめるなら別に自己満足でもいいと思うのだ。まあ、自分の場合は人に言わせると大抵の動機が自己満足だそうだからこう書けるのかも知れないが…
 そう言った点では自分がロシア語をやり始めたのは正解だったのかも知れない。なにせ国内の学習者が少ない割にはコンテンツは豊富にあり、学べば学ぶほどそして探せば探すほどあらゆるテーマの文章・音楽・影像etcがあるからだ。しかも学習者が少ないので自分の様な中途半端なレベルであっても、たまに日露翻訳をすれば重宝されるのである。これが英語だったら大抵の事は誰かが先に訳してしまっているし、判る人が沢山いる分、中途半端に使えても重宝されるどころか間違いを指摘されるだけだろう。
 そうしたおかげで想像以上にロシア語の勉強は持続しているのだが、問題は説破詰まってない分、いつまで経っても上達しない事である。

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