54 posts categorized "仕事"

December 02, 2016

久しぶりに仕事が途切れる

 久しぶりに仕事が途切れてしまった。この前3ヶ月間仕事が無くて死にかけた事があるが、あれはいつだったかと調べたらリーマンショックのあった翌年の2009年だった。当時を振り返るとリーマンショックの影響がやや遅れて日本にやってきて、何とか持ちこたえようとしたもののあらゆる仕事がとばっちりを受けたのがこの年だった気がする。そんな訳で当時何をしていたか自分のBlogを漁っていたら(こういう時にBlogは便利だ、自分はBlogやTwitterを日記兼長い遺書のつもりで書き続けている)、よっぽど暇だったのか色んな事に手を出しつつもほぼ毎日Blogを更新していた。因みにTwitterの方は同じ年には始めていたもののまだツイ廃になっていなかったのかそちらにはあまり時間を取られていないようだ。
 せっかく出来てしまった時間なので、今回は有意義に過ごしたいと思っているが、さてどうしたものか。

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July 05, 2014

仕事の話と激務だった頃の思い出

 長年働いていた所の契約が2年を過ぎそろそろ労働契約法の上限の3年にかかりそうなのと、いい加減マンネリ化しそうな気がしてきたので今月から新しい仕事先と契約した。それにしても以前も書いたように本来フリーランスで働いている筈が、信用のアウトソーシング化によって形式上派遣の形を取らざる負えなくなった為に労働契約法の上限に引っかかるとは妙な話だ。まあ仮にそれに引っかからなくてもあまりに一つの仕事に特化してしまうと潰しが利かなくなるのでそろそろ別の別の仕事を始める潮時なのかも知れない。
 だがいざ蓋を開けてみると今回の仕事もこれまでやった中で上位を争う激務だった。まあ以前リーマンショック後に仕事が無い中やった名古屋出張仕事程では無いものの結構忙しい。最近は仕事が(ゲーム・映像業界にしては)割りと早めに帰れたこともあり、生活がそれに最適化されつつあったのでなおさらそう感じるのだろう。それにしても20代の頃も相当忙しい生活をしていた筈だが意外に自由時間もあり、大変だとも思わなかったのは何故だろうか。やはり若かったからだったのと実家暮らしの恩恵だったのかも知れない。
 それにしても仕事が忙しくなると不思議と以前忙しかった頃を思い出す。名古屋出張編の後、秋葉原・神田界隈で働いていた頃も物凄く忙しかったが、その中で印象的だったのは4年前の猛暑の頃の思い出だ。ほぼ毎日終電近くまで働き、帰る頃でも猛暑のせいで空気はねっとりと暑かったが、仕事先から駅に向かう途中のガード下に決まって寝ている若いホームレスの人を見かけた事だ。見たところ当時の自分よりも若かったように見えたが、まだリーマンショックの影響で派遣切りと言う言葉が流行語になっていた時期もあって明日は我が身かと言う思いを抱きながらいつもその脇を通り抜けていた。あれから4年、彼はどうしているのだろうか。

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May 31, 2014

信用のアウトソーシング化について

 今やってる仕事の多くは仲介会社を通して紹介されることが多いのだが、最近あったケースでこちらは何の資料も用意する必要も無く、面談後直ぐにメールで「○○さんの紹介なら問題ないでしょう」と言われて契約出来た事もあった。一時期仕事がほとんど途切れたリーマンショックの頃などは、散々プレゼン資料を用意して売り込んでも複数の会社とコンペをさせられた挙句、持ち出しのまま終わる事も多かったのに比べるとまさに雲泥の差である。
 この差はもちろん景気の違いもあるのだろうが、間に何が挟まっているかの差も大きいのだろう。実際にこれまであったケースでも個人のフリーランスでは契約の許可が上から降りないので、法人を介して契約してほしいと言われた事が何度もあるし、仮に契約が出来たとしても支払い条件で色々難癖を付けられた事は少なくない。そうした事もあって今では多くの仕事を仲介会社を介して受けて、場合によってはその会社の派遣社員としてクライアントと契約したりしている。
 こうした悩みも個人名がブランドになるデザイナーなら無縁なのかもしれないが、自分の様なゲーム・パチンコ系映像の仕事をしている者にとっては以前触れた消された職歴でも書いたように個人名を出そうにもそもそも自分のやった仕事すら公開するのが難しい状況ではブランドの確立以前の状況だ。
 こうした状況を埋めるように最近は代理店や仲介会社が個人に代わり企業に売り込みを行い、逆に企業に対しては仕事で飛んだりした際の保証を行うケースが増えていると言う。ちなみにこうした動きは他のジャンルではごく普通の事になっていて、今では部屋を借りるためには先ずは保証会社を通すことが前提になっていると言う。つまりよほど固い仕事でも無い限り個人では部屋一つ借りることも出来ないのだ。

 これまでの終身雇用・持ち家政策から、これからは雇用の流動性と一生賃貸への流れが見直されていると言う話はよく聞くが、肝心の信用保証に関してはこれからますます個人から企業への流れが強くなって行きそうである。

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June 15, 2013

スキルを維持する困難さについて

 長年CGデザイナーの仕事をしてきたが、最近3DCGソフトのスキルを維持するのが困難になってきている。多くの道具やソフトに依存する仕事同様に3DCGもソフトやパソコンが無ければ話にならないのだが、ソフトを維持するのが金銭的に辛くなって来てるのだ。
 この業界の定番ソフトと言えばAutoDesk社から出ているMAYAとMAXが筆頭だが、どちらも50万から100万円近くするソフトでとても個人では手が出ない。それでもこれまでは何とか金額を捻出して手元に置いてあったのだが、コンピュータ側のOSのバージョンが上がると動かなくなってしまうのだ。もちろんアップグレード料を払ってバージョンアップすればいいのだが、バージョンアップ代ですら20〜30万もするのでそう簡単には払えない。設備投資がかかると言えばカメラマンなどもかなり掛かるとはいえ、少なくともカメラは放っておいても使えなくなる事は故障でもしない限り無いが、ソフトの場合はそうは行かない。パソコンやOSも古いものを使い続けるなら使い得ないことは無いのだが、数年単位で新しい技術が出てくる上に、放おっておくとコンピューターウィルスの危険まで増えていくコンピューター業界に置いて古いソフトやハードを使い続けると言うのは事実上不可能といっても良いだろう。
 それでも企業所属のデザイナーや個人の作風が売りの個人作家ならまだ何とか出来る道がある。サラリーマンなら会社でソフトやハードを買ってくれるし、作家なら「何で作ったか」ではなく「何を作ったか」が売りになるからだ。しかし悲しいかな、自分の様なフリーランスで企業と契約してプロジェクトを受ける仕事(しかもゲーム系)では、クライアントが使っているソフトを熟知しているのが必須条件になってくる。しかも3DCGソフトはバージョンが上がる毎に見た目や使い方まで激変するので、常にキャッチアップしなくてはいけないのだ。
 幸か不幸か今の仕事では映像制作ソフトのAfterEffectsや2DのphotoshopやIllustratorが中心なのでこちらは何とか維持しているが、正直な所3DCGを何とか維持するかそれとも切り捨てるか微妙な段階になっている。

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June 11, 2012

波乱万丈の呪い

 どこで聞いたか忘れてしまったので真偽の程は不明だが、中国では他人を呪うときに「波乱万丈の人生でありますように」と言う言い方があるという。
 子供の頃にそれを聞いたときは「平凡な人生よりも、波乱万丈な人生の方が変化があって面白ろそうなのに何で呪いになるのだろう」と思ったものだが、この歳になってみるとそれが呪いなのがよく判る。だが、当時その話を聞いてむしろ自分には「波乱万丈な人生でありますように」と思ったせいだろうか、相変わらず平凡な人生には縁遠い。
 覚悟して始めた筈のフリーランスの生活だが、さすがに一昨年のリーマンショックの時にしばらく仕事が途絶えた時にはもうちょっと堅気の生活になればよかったと思ったものだ。そして最近も正規の社員として来て欲しいと言う話があったのだが、向こうのMail事故がきっかけで結局その話も潰えてしまった。
 どうやら自分は波乱万丈の人生の呪いからはどうやっても抜けられないようである。

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January 21, 2012

小さなパイ向けの仕事の可能性に付いて考える

 一応、デザイン・物書き系の仕事をして食べているので時々将来の仕事のあり方について考える。
どのジャンルでもそうだと思うが、最近は仕事の単価が落ちたという話をよく耳にする。その中でもデザイン系の仕事は製造業ほど国内空洞化の影響は受けてないとは言え、それでも仕事先などでは既に中国への外注が日常的に行われ、日本の1/10のギャラでCGなどの映像が発注されているのを耳にする。
 そしてクライアント側も広告は年々縮小され本やゲームも以前よりは売れなくなっていると言う。更には様々なツールの進歩である程度設備投資が必要なジャンルでも今やはるかに気軽に始められる反面、競争は日に日に激化しているのが実情だ。
 こうした中でどう生き残ればいいのだろう。最近考えていることは以前より安く作れる事を逆手に取って、初めから小さなパイ向けに物を作れないものかと思っている。具体的に言えばこれまでは作るのにお金が掛かるので、回収するために沢山の人向けのものしか作れなかったものを、もっと小さな人数相手に安い値段で作るのだ。
 もう既に結婚式のビデオなどは、撮影から編集、BGMなども付けちょっとした映像作品として作ってくれるサービスなどもあるようだし、それとは全く違うもののコミケなどの同人誌も少数相手の制作物と言う点では同じ括りに入りそうだ。
 そして今話題になっている電子書籍作成ソフト"iBooks Author"を初めとしてますます多くの物がより簡単に安く作れるようになって来ている今、意外に多くのものがこうしたビジネスモデルで作れるのではないだろうか。
 後はどうやって売るかである。

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October 08, 2011

仕事とスキルと求人の話

 2年ほど前の自分のBlogを読むと猛烈に仕事が無いと書いていたのに、一転して今年は人手が足りないらしい。今回の仕事も5社ぐらいからオファーが来てまさに選びたい放題の状態だった(とは言えどこも待遇は似たようなものなのであるが)。
 こうしたことも頭にあったのでもう一つの仕事であるWeb業界がどうしてこんなに過当競争で低賃金化しているのか不思議だった。新規参入者が増えていたり中国などの低賃金な国に仕事が投げられるにしても、それは程度の差こそあれどこも同じ筈だからだ。だがこの前Twetterで知った現場の話で少し判った気がする。それはこんな事情があるらしい。

Web業界の現状という講義で、せっかく華々しくフリーランスとして独立したセンセイが(仕事が減り、或いは価格破壊で旨味がなくなり)「自分が此処(職業訓練校)にいる事が現実のすべて」とか言われると、余りに夢がない。訓練校の講師陣が予想外に優秀な事が現実を物語る。
Web業界の現状講義つづき。「君らのスキルで、もし就職できたとして、貰える年収は250万。300は難しい」(泣)「紙媒体の疲弊により、怒涛のDTPデザイナーがWeb業界に流入した為ここ数年で数分の一に価格破壊が進んだ。フリーランスを目指す人は覚悟せよ」(大泣)

どうやら鍵は今後縮小が避けられないと言われる出版・印刷・広告関係からデザイナーが流入している点にあるようだ。言われてみると映像制作の仕事も似たような状況になっている。TV関係の制作・広告費が激減しつつあるので、多くのTV業界出身の人を他の比較的景気のいい業界(パチンコ・ソーシャルゲーム)で見かけるようになってきた。更に最近はゲームも昔ほど売れないのかゲーム業界出身の人も増えてきた。
 こうして考えると冒頭の何故自分の仕事の一つであるパチンコのオーサリングの人手が足りないのかが見えてくる。TVやゲームで培ったスキルは2Dの映像や2DCG分野では他のジャンルでも流用できるが、オーサリングのような特殊なスキルはその業界の中でしか習得する術が無く、それで人が足りないのだろう。以前ゲーム開発の仕事をしていて3DCGをやっていた身としては、スキル習得の大変さは(オーサリングに比べても)決して引けを取らない筈なのにどうしてこんなに過当競争なのか不思議に思っていたのだが、これで謎が溶けた気がする。
 きっとこれは他のジャンルでも当てはまるに違いない。現に過当競争で安くなったと言われるWeb業界だが、プログラムが必要で特殊なスキルが要求されるジャンルに関しては今でも一貫して人手が足りず、賃金も結構いいからだ。

 しかしパチンコオーサリングのような特殊なスキルは特殊な環境に依存する。もしそのジャンルで食えなくなっても潰しは全く効かないのだ。今後、生き残るためには今後も需要があり続け、かつ他業界から参入しようにもスキルが通用しないジャンルの仕事が出来る能力をつけていかなければならないのだろう。だが最大の問題はそれが何なのか全く予想がつかないことである。

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April 23, 2011

1990年代のCG・影像制作を振り返る

 昔、関わった会社が綺麗さっぱり無くなってたり、当時は業界内では誰もが知っていた事が今では誰も覚えてなかったりしてる事に気がついたので、もう古参のCG業界人しか覚えていない話を防備録代わりに残しておこうと思う。
 学生時代から関わっていたので、自分がCGに関わり始めたのはずいぶん昔の事になる。当時(1990年代)はようやく個人でもようやく影像制作用のソフトに手が届くようになりつつあり、これまで数千万かけて機材を揃えなければ出来なかったCGやビデオ編集が個人でも出来るようになるのではと騒がれた頃だった。当時TVではフジテレビ系列でウゴウゴルーガと言う番組が放送され、このCG部分がパソコン(アミーガ)によって作られていた事は業界人やCGを趣味でやっていた人達に衝撃を与えたものだった。
 当時の自分の日記を振り返ると「これでようやく個人でCG製作が出来る時代が来た。これで一人で映画を作ったり、(これまでプロダクションレベルでしか出来なかった)影像制作の仕事を個人で出来るようになるに違いない」と語っているのに自分でちょっと驚かされる。そう、当時は皆バラ色の未来を夢見ていたのだ。
 バラ色の未来と言えば、作り手側もそうだった。1994年にはちょうどPlayStaionが発売され、CGを作れる人間は引っ張りだこの状態だった。そして日本初の多くのソフトは全世界に売り出されていた。当然、自分もPlayStationのゲーム開発に加わって「自分の作ったものが全世界でプレイされる」のを夢見ていた。当時の自分の労働時間を振り返ってみると、どうしてこんなペースで働けたのか判らない程だった。なにせPlayStaionのゲーム開発をしながら雑誌の連載を抱え、更には個人でも影像制作の仕事を受けて、更に個人でプロモーションビデオまでも作っていたのだ。
 テンションが高かったのはゲーム業界だけでは無かった。今では信じられないかも知れないが、当時はまだCGソフトも多くのソフトが乱立し、そのいくつかは日本で開発されたものだった。まだどのハードやソフトが勝ち組になるか誰にも判らない時代だったのだ。そしてそれは開発する環境側もソフトを遊ぶためのプラットフォームも同様だった。
 ゲームやTV・映画以外も同じだった。まだバブルの余韻があった事もあり。建築シミレーション用の影像の需要が高まりつつあり、また多くの建築事務所がちょうどCAD・CGを導入しようとしていたからだ。そして当然ながらCAD・CGソフトでも多くの国産メーカーが参入を計っていた。

 あれから10年以上が過ぎた。当時、同じ業界で働いていた人達の多くはWebやスマートフォンなどの新しい仕事に移ったり元の業界へと戻っていって、半分以上も残っていない。当時、精力的に働いていた人達も働き過ぎか体を壊して引退したり、亡くなったりしてしまった。そして当時設立された会社もまた倒産したり吸収合併されて無くなった所もある。CGソフト会社の多くもAutoDeskに吸収され、今はAutoDeskの一人勝ち状態になっている。

 仕事としてのCGは寂しくなってしまったが、NMM(ニコニコムービーメーカー)コンテストなど個人のCG製作はむしろこれからが盛況だ。願わくばこれが仕事としてのCGに繋がってくれればと思っている。

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February 20, 2011

先細りの時代にどんな仕事をするか

 最近よく言われる事の一つに、これからの日本は少子高齢化が進んで働き手も買い手も減ってしまうので経済の先細りは避けられないと言うのがある。これについての議論も色々あるのだが。とりあえずこれを前提に今後どんな仕事をすべきだろうか。
 単純に考えると主な方法は3つ位しか無いように思われる。一つは公務員や基幹系インフラ産業の様な何があっても大丈夫そうな仕事に就く事だ。事実、今では公務員の人気はかつて無いくらい高まっているらしい。
 しかしこれも長い目で見ると先行きが暗いのだ。一つはよく言われる日本の財政が持たなくなっているので、例え公務員であっても将来は給料の削減や人減らしが行われる可能性がある事だ。また例え解雇が困難でも新規採用を押さえその分現場の負担を増やしたり、業務を民間委託してコストを削減する事は可能だし、実際に多くの現場で行われている。学校給食や図書館の司書、ゴミ収集などの多くは驚くほど安い賃金で民間に委託されて、いわゆるワーキングプアーを生み出している。またそうした人達が入ってこない職場ではこれまで5人でやっていたのを3人で回さなくてはいけない状況が増えてきているのである。
 では2番目の方法としてこれから増える高齢者をターゲットにした商売はどうだろうか。確かにこれは一見悪くないように思われる。しかし「かんべえの不規則発言」に示唆的な話が載っている。曰く「今の老人はいいのですよ。結婚しているし、子どもも大勢いる。でも、そのうち喪主のいない死者が増えるでしょう。そうなったら葬式もやってもらえない。既に葬儀の規模は小型化していて、昨今は小さな葬儀場が人気になる傾向があります」。たしかに無縁社会化や今の氷河期世代が老人になる頃には、葬式を出したくてもその金も身寄りも居ない老人ばかりになりかねない。そしてこれは別に葬式に限らず老人相手の全ての仕事に当てはまる事なのだ。
 最後の方法として日本の市場を当てにせず、海外市場を当てにするのはどうだろう。確かにこれはいけそうな感じだし、実際に一部の輸出業はこれで回っている。とはいえこれほど言うは易く行うは難しの方法は無いだろう。私が以前働いていたゲーム会社でも、大分前から日本は若者が減るので海外市場に打って出なくてはいけないと言い続けてきたが、結局たいして上手くいかずに大きな損失を計上してしまい、ついにはリストラまでする羽目になってしまったのである。

 結局の所安泰な道は見つからないまま、各自で生き残りをかけて自助努力していくしか無いのかもしれない。

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January 16, 2011

隣の芝生は青くない

 Twitterをやって興味深かったのは、これまでどんな生活を送っているのか判らなかったさまざま人達の状況がリアルタイムで判る事だ。もちろんTwitterをやっている人で、しかも自分が興味を持ってフォローしている人達が対象なので、その人の生活がイコールその人の属性(主婦・学生・漫画家etc)を代表するものでは無いのは判っているつもりだが、それでも一定の共通項が見えてくるのは興味深い。
 それで判ったのは一見憧れの職業や生活でも結構大変そうだと言う事だ。例えば漫画家達は殆ど一日中原稿を書いているのが判るし(そうした点で以前、NHKでやった「ゲゲゲの女房」は水木しげるが殆どの時間原稿を書き続けているのが描写されていて画期的だった。)、一見時間の自由が取れそうなフリーランスのイラストレーターや作家の多くは、実は常に仕事に追われていて酷いときは正月や深夜でも働いているのが見て取れる。最近は自分でBlogを持つ人も多いので知られてきたが、医者はそれこそ緊急時には休みだろうが深夜だろうが呼び出される事があり、そしてネットでは既に公然の事実だがIT業界の仕事の過酷さはブラック会社並である(笑)。
 かつてはきっと他の仕事はもっと楽で儲かるに違いないと思っていた事もあるが、隣の芝生もそう青くは無いようである。

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